端 聡 アーティスト・アートディレクター
理解を超えたアートとの出合いは人間を成長させる
2026年秋、大丸札幌店1階正面玄関横のショーウィンドウに、新たなアートスペースが誕生します。大丸札幌店ではこれまで、館内の鉄扉を彩る「teppiアート」をはじめ、7階D’sラウンジや休憩所、グリーンパティオなど、さまざまな場所で美術作品を展示してきました。そしてこの度、百貨店という場を通して、人とアート、地域と大丸、社会と新たな価値をつなぐ「Common Field Lab.」プロジェクトを発足。その取り組みの一つとして、まちを行き交う誰もが日常のなかでアートに出合える場、「だいまる しかく」をスタートします。展示するのは、北海道に縁のあるアーティストの作品で、半年ごとに新たな作品がお目見えする予定です。札幌駅南口広場を行き交う方々が、ふと作品と出合い、やがてはその作品に会うために足を運んでくださるような場所にしたい。そんな思いを込めて、私たちはこの企画を進めてきました。記念すべき第1弾の作品制作をお願いしたのは、北海道を拠点に活動するアーティスト、端 聡さんです。端さんは、自らアーティストとして活動する一方でCAI現代芸術研究所を主宰し、これまで多くの若手現代美術家を育ててきました。「札幌のアートといえば端さん」といわれるほど、札幌のまちにアートを根付かせ、市民とアーティストをつないできた方でもあります。凝り固まった頭をほぐしてくれるような視点にあふれていた、端さんのお話をご紹介します。
取材者:大丸札幌店 梅村樹李
端 聡 はた さとし
アーティスト・アートディレクター
CAI現代芸術研究所主宰。岩見沢市生まれ、66歳。1995年、ドイツ政府管轄のドイツ学術交流会(DAAD)による助成制度利用によりドイツに滞在。以降、国内外の個展やグループ展で作品を発表。2000年、CAIアートスクール(現・CAI現代芸術研究所)を設立。北海道にゆかりのある活動としては、2000年に札幌ドームへモニュメントを設置。2004年にモエレ沼公園オープンセレモニーの芸術監督を務めたほか、2009年から「札幌大通地下ギャラリー 500m美術館」をプロデュース。2014年には、第1回札幌国際芸術祭(SIAF2014)の地域ディレクターを務める。2004年に札幌文化奨励賞、2012年に北海道文化奨励賞、2024年に札幌芸術賞を受賞。2025年、札幌市から長沼町へ移住して創作活動に取り組みつつ、D型倉庫イベントホール「Hiwa(ひわ)」を拠点に、農耕、美の創造、遊びを融合させたコンサートやイベントを開催する取り組みをスタートした。
札幌のアートシーンを語るうえで
欠かせない、端 聡さんの存在
アーティストの端 聡さんにお話を伺うため、アトリエを構える長沼町を訪ねたのは7月下旬のこと。目的地の森は雨に濡れ、夏の緑と土の心地よい香りに包まれていました。
アトリエに隣接するD型倉庫イベントホール「Hiwa(ひわ)」で私たちを迎えてくれたのは、端さんと奥様の紗綾佳さんです。ホールの入口には、2026年に制作されたばかりの端さんの作品『Geheimnis(ひわ)』が飾られていました。
「Hiwa」は、フルート奏者で建築家の畑中秀幸さんと地元の農家さんが手掛け、端さんがアートディレクションに携わって生まれた場所です。ここでは、田植えや味噌づくりといった暮らしの営みと、音楽や舞台などの表現活動をゆるやかにつなぐ、これまでにないイベントが始まったばかり。
「天井から壁にかけて張り巡らされた廃材は、左右非対称に配置されています。床は、能舞台のように音を効果的に響かせる浮き床構造になっているんですよ」
そう教えてくれたのは端さんです。
作曲家でありピアニストでもある紗綾佳さんがピアノを演奏してくださると、まるで全方位から降り注ぐ音を全身で浴びているような感覚に。森の香りに刺激されたからでしょうか。いつもより、音を受け取る感覚が研ぎ澄まされているような気持ちになります。
アーティストとして自身も創作活動をしながら、日常のなかで現代美術に触れる機会が少なかった札幌のまちに、アートシーンを根づかせ、アーティストと市民をつなぐさまざまな機会を生み出してきた端さん。2025年からは長沼にも拠点を広げ、仲間や家族とともに新たな表現の場を育んでいます。
札幌で芸術祭を実現する鍵は
「市民を信じられるかどうか」
「家業は看板屋でした。子ども時代は映画看板の全盛期。猫の手も借りたいほど仕事が忙しかったので、物心ついた頃から絵や文字を書く手伝いをしていました。小学1年生の頃の作文には、『芸術家になる』と書いていました。その時から一点の迷いもなく、ここまで来てしまいましたね」
大きな転機となったのは、ドイツ政府管轄のドイツ学術交流会(DAAD)の助成によるスカラシップ制度に合格し、「アトリエハウス・ヴォルプスヴェーデ」に滞在した1995年のこと。
美術館やギャラリーと交流し、個展やグループ展に出品しながら創作活動に没頭するなかで、現地や各国のアーティストたちと出会います。
「仲良くなったスロベニアのアーティストは、ユーゴスラビアからの独立戦争で前線に立った経験の持ち主でした。彫刻家の技術があったことで、兵士のお墓に立てる十字架を彫る担当になり、マシンガンを置くことができた人でした。また、ルーマニアから来ていた作曲家は、チャウシェスク独裁政権下の秘密警察によって家族を殺され、自分は死んだふりをして生き延びたという女性でした」
端さんが強い衝撃を受けたのは、同じ場所に集う芸術家たちが背負っていた背景。
「そんなに厳しい状況を乗り越えてまで、創造せずにはいられない。芸術には、想像を絶する厳しさを越えてなお訴えかける力がある。どんな戦争や災害があったとしても、芸術文化という光を決して閉ざしてはならないという強い意志を、彼らから感じたのです」
人との出会いを通して芸術の力を肌で感じる一方、滞在中にはヨーロッパ各国の芸術祭にも足を運びました。
「ドイツ中部のカッセルという都市で開催される、世界最大級の芸術祭『カッセル・ドクメンタ』には、前衛的な芸術を求めて人口の何倍もの人が訪れていました。子どもも大人も作品やワークショップを楽しみ、抽象彫刻を鑑賞しながら『かっこいいね』なんて会話をしている。歴史をひもとくと、第2次世界大戦後の復興を背景に生まれた芸術祭という構造まで見えてくるんです」
「いつか、札幌で国際芸術祭をやるぞ」と決めたのは、ドイツに渡った1995年。34歳の時だったそうです。
真の創造性は
鑑賞者と作品の間にある
「ドクメンタや美術館の関係者、ギャラリストに札幌で芸術祭を実現するための助言を求めると、皆が口をそろえて『市民を信じろ』と言うんです。どんなに前衛的でわかりにくい芸術であっても、続けていれば必ずわかってくれるから、と。人間は保守的だけれど、経験を重ねるうちに理解し、感じられるようになる。だから、市民を信じられるかどうかが鍵になるよ、と教えてくれました」
帰国後の1996年、端さんはCAIアートスクール(現・CAI現代芸術研究所)を設立。1999年には、滞在費を全面的に支援してアーティストを招聘するアーティスト・イン・レジデンス事業(現・S-AIR)をスタートさせました。さらに2011年には「札幌ビエンナーレ・プレ企画展」を開催。同年、地下鉄大通駅とバスセンター前駅を結ぶ地下コンコースを会場とした「札幌大通地下ギャラリー 500m美術館」が常設化されるなど、芸術祭の実現に向けて一歩ずつ土台を築いていきます。
「例えば500m美術館は、1日に約8,000人が行き交うコンコースに、現代美術家の作品を展示する取り組みです。最初は『気持ち悪い』『お化けみたいだ』という苦情の電話もありましたが、その都度、展示の意図を説明し続けた結果、今ではネガティブな意見は寄せられなくなりました。『市民を信じなさい』という言葉の証を、500m美術館で実感できたんです」
コンコースの壁を展示スペースにした500m美術館は、通勤や通学、外出の道すがらに現代美術と出合える場所です。その日の気分や心持ちによって気になる作品が変わることもあれば、なぜか強烈に心を惹かれ、思わず足を止める作品に出合うことも。
「それこそが、現代美術を代表するヨーゼフ・ボイスが提唱した『社会彫刻』の概念です。作品がどう見えるのか、どの作品に目を向けるのか。作品とそれを観る人との間に本当の創造性は生まれ、ハレーションが広がっていく。これは何だ、なぜここにあるのか、どんな役割や意味があるのか。わけのわからないものについて考え始める心の動きに意味がある。つまり、美術鑑賞は『なんじゃこりゃ!?』から始まりまるのです」
端さんが札幌のまちにさまざまなアートの場をつくり続けて、約20年。2014年、ついに札幌国際芸術祭が誕生します。
「札幌国際芸術祭が開催されるまで、国際的に活躍するキュレーターや評論家が北海道を訪れる機会は、ほとんどありませんでした。しかし開催を機に、多くの美術関係者が北海道を目指して来てくださるようになった。若い表現者にとっては励みになるでしょうし、それまで東京や海外へ出ることの多かった非凡な才能を持つアーティストたちを、少しは北海道に留められるようになったかなと思います」
わからないから考える
その思考が人間を成長させる
「美術鑑賞は『なんじゃこりゃ』から始まる」という端さんの言葉は、作品を前に戸惑う私たちの背中を、そっと押してくれるようにも感じます。
「『なんじゃこりゃ』と思わないものには、それ以上の進化がありません。『きれいだね』だけで終わってしまうから。『なんだこれ、不思議だな』というところから問題意識が生まれ、考え始める。その積み重ねが重要なんです。人はわかりやすいものに飛びつきがちですが、それほど自分自身の成長を止めてしまうことはありません。私たちは、オギャーと生まれてから現在に至るまで、記憶という観念のなかで行動しています。どんな経験をしたか、どのような環境で育ったか。そうした過去の経験が、生きるうえでの地図や設計図となり、それらを道標に行動を決めます。大人になるほど、その設計図は固まってしまいます。すると、新しい感動が生まれにくくなる。だからこそ、わからないものと出合う『なんじゃこりゃ』の体験が大切なんです」
端さんの話を聞いていると、普段は使っていない部位の脳細胞がピリピリと活性化していくような感覚になります。そして、現代美術の話を聞いているようで、実はどのような場面にも当てはまる考え方であることにも気づきます。心の動きを生み出すことこそ、美術が持つ力なのかもしれません。
第1号となる端さんの作品が「だいまる しかく」に展示されるのは、9月30日(水)から。皆さんの心に湧き上がる「なんじゃこりゃ」の体験を、お楽しみいただけたらうれしいです。
※本記事の情報は、2026年7月のものです。


















































