百花の人
021

安藝あき 元伸もとのぶ 安芸農園

目標は糖度18度以上。スイーツに負けない甘さと香りを農園から直送

百花POINT

あふれる香りとこれ以上ないほどの甘さ。口いっぱいに幸せを感じるシャインマスカットの味わいは格別です。大丸札幌店の2024年版クリスマスケーキカタログの表紙を飾ってくれたのは、札幌のケーキ店「パティスリー ラ ネージュ」製の「余市安芸農園さんのシャインマスカットクリスマス」。安芸農園のシャインマスカットは、スイーツに負けない甘さと香りを誇る逸品です。そのシャインマスカットが、今年も大丸札幌店にお目見えすることに!2025年10月8日(水)〜21日(火)に大丸札幌店地下1階食品フロアにて開催される「ディスカバリー北海道」では、フレッシュなシャインマスカットのほか、無添加ブドウジュースも登場。化学肥料を使わずに熟成させた自家製堆肥で土をつくり、農薬の使用回数を約半分に削減。糖度18〜20度という甘さを目指すシャインマスカットを育てる、安芸農園の6代目安藝元伸さんの畑を訪ねました。

取材者:大丸札幌店 藤尾智美

PROFILE

安藝 元伸 あき もとのぶ

安芸農園 6代目代表

余市町出身、36歳。北海学園大学経営学部卒業後、農業器機メーカー「株式会社北海道クボタ」に勤務。23歳の時に実家で農業を学び始め、34歳で父親から代表を受け継ぐ。父親の代から始めて40年以上が経つ醸造用ブドウのほか、シャインマスカット、ナイヤガラ、キャンベルスの生食ブドウ、ささげを生産。農業を手伝ってくれる奥さまの里奈さんと共に、3人の子どもを育てるお父さん。

一粒に甘みを凝縮させるために
そぎ落としていく季節の手作業

余市町にある安芸農園を訪ねたのは8月の終わり。畑から響いていたのは秋の虫の声でしたが、照りつける強い日差しには夏の名残がありました。2019年から栽培をスタートしたシャインマスカットの畑は現在、ビニールハウス6棟分。棚仕立てで目の高さほどに張り巡らされた枝に実るシャインマスカットは、色ごとに選別された袋に包まれて、甘さを蓄えている時期でした。

「朝晩の寒暖差が出てきたので、これから甘さが凝縮します」と言いながら安芸農園代表の安藝元伸さんが差し出してくれたのは、半月後からの収穫を控えたまだ若いシャインマスカット。口に含むと、シャインマスカット特有の瑞々しいマスカット香がふわりと鼻に抜けていきます。まだ若いとはいえ、華やかな香りが印象的な味わいに、糖度18〜20度の甘さに熟す日が待ち遠しくなりました。

「冬の間は、シャインマスカットの木を凍害から守るために、雪の下で保温するように枝を地面に下ろします。枝を持ち上げてからビニールハウスを設営するので、雪解け後の春は大忙しの季節なんです」と季節の仕事の始まりを教えてくれた安藝さん。棚仕立てで育てる生食ブドウの生産は機械が使えないため、すべてが手作業で行われます。2025年に出荷されるのは、約3500房の予定。

「5月上旬に花が咲く前のやわらかな蕾がついたら、花穂の先4センチ程度を残すようにして整形します。6月の中旬は、種なしブドウにするために茎の生長を抑制するジベレリンという溶液に、一房ずつ期間をおいて2回浸す作業の季節。その間に一房30〜40粒を厳選し、粒が大きく成長する空間を作るための摘粒を行います。固い粒から柔らかい粒へと成長する季節は、大事な水やりの時期。収穫の1カ月ほど前からは、甘さを蓄えるために水やりを控えます」

栽培の流れを聞くほどに、作業量の膨大さと細やかさに驚くばかり。さらに、日当たりの良い外側から樹木の中心部にかけて、房ごとの成長具合に合わせて時間差で行う作業もあるのだとか。とはいえ、過保護にしてはいけないそうで……。

「シャインマスカットは、堆肥や水をやり過ぎないように、少し危機感を持たせながら育てます。自分(樹木)が弱って子孫(ブドウ)を残さなければと思わせつつ、本当に弱らせないようにギリギリを見極めることが肝心なんです」

枝や葉、時には粒も間引きつつ、一本の木がつくり出せる甘さを、わずかに残した粒にいかに蓄えるか、いかに余分をそぎ落とすか。シャインマスカット栽培とは、木が1年で作り出せる甘さと香りを一粒に蓄えていくための手仕事なのだと実感しました。

緑色の印象が強いシャインマスカットですが、粒が黄色く熟していたり、粒が少ない房の方が甘さは強いのだとか。あえて、黄色くなった粒を指定するパティシエさんもいるそうです。「味のプロであるパティシエ目線のお話しも、とても勉強になります」と安藝さん。

有機堆肥と減農薬で作る
シャインマスカットまでの道のり

安藝さんが6代目を務める安芸農園は、1899年(明治32)から余市町で営農を始めた歴史があります。祖父である4代目が醸造用ブドウの畑を開墾し、父親である5代目が当時育てていたリンゴの大暴落を機に、リンゴに代わる醸造用ブドウの栽培をスタート。

「子どもの頃は、友人たちと遊びたいのに畑仕事を手伝うのが嫌だったんです。大学卒業後、農業機械のメーカーで営業職をしている時に、子どもの頃からかわいがってくれた祖父が体調を崩してしまって。繋いできた農園の歴史を絶やしてはいけないと考えるようになって家に帰り、亡くなるまでの1年半、祖父から学ぶ貴重な時間を過ごすことができました」

シャインマスカットを作り始めたのは、お父さまの代だった2019年。安藝さんは余市町の農協が主体となって開かれていた勉強会に参加していたものの、当初は栽培に反対していたそうです。

醸造用ブドウで作る「プレミアムぶどうジュース」は、「ナイアガラ」(白)と「カベルネ&ピノ・ノアール」(赤)の2種類。添加物を使わずに、ブドウの味だけで勝負している商品です。

「反対したのは、醸造用ブドウの収穫時期と重なるために作業が追いつかないと思ったからです。でも、作ったシャインマスカットをオンラインで直販してみたら、買ってくださるお客さまがいる。2個注文してくれた方が、翌年、3個注文してくださる。お客さまの存在のおかげで『喜んでくれたのかな?』と実感することができ、本格的に取り組むようになりました」

お客さまへ直販するなら求められている商品を作りたい。数あるシャインマスカットの中から選んでもらいたい。そんな思いを込めて作る安芸農園産シャインマスカットの特徴は、「①化学肥料を一切使用せず、自家製堆肥を使用 ②農薬の使用回数を一般的なものと比べ50%削減 ③一般流通のものよりも高めの糖度18〜20度を目指して収穫」という条件で栽培・出荷されていることです。

会社員時代に職場で出会った里奈さんと結婚し、3人のお子さんを育てる安藝夫妻。息子さんが野球の練習日に持っていくお弁当に添えるシャインマスカットは、お友だちにも大人気。息子さんも「緑のブドウが一番好き」と言ってくれるそうです。

先人が紡ぐ土地の歴史を
未来へ引き継ぐ立場として

「近くの養豚場から糞尿を仕入れ、木のチップと混ぜて一年間発酵させた自家製完熟堆肥を使っています。農薬を減らす際の大敵はカビ。朝露を外へ逃がすためにビニールハウスのシートを開けたり、機械で風を送ったりしながら湿度管理をしています」

房と葉の様子をしっかり観察しながらカビや虫の発生を注視。農薬使用を減らした分以上に目と手をかけながら、安心安全なシャインマスカットが育てられているのです。

「醸造用ブドウの畑は、眺めの良い場所にあるんですよ」と安藝さんが連れていってくれたのは、おじいさまが開墾し、お父さまがブドウを植栽した南西向きの畑です。一日中注ぐ日差しに透き通るように粒を輝かせているのは醸造用のケルナー種。現在、安芸農園の醸造用ブドウは、余市や函館、新潟のワイナリー9社でワインの原料になっているそうです。

安芸農園のブドウを使って委託醸造するオリジナルワインづくりに、2024年から挑戦し始めたばかり。仁木町の「ドメーヌ・ブレス」に白ワイン、余市町の「ドメーヌ モン」に赤ワインを委託醸造しているそうです。ちなみに昭和50年後半に醸造用ブドウに取り組み始めたお父さまは、同時期に余市町でブドウ作りを始めた7人のうちの1人。ブドウの産地の礎を築いた「7人の侍」と呼ばれているそうです。

「ワインは、原料のブドウの味で8割が決まると言われているそうです。ワイナリーさんにとってブドウの味は命綱。醸造家目線の話が聞けることも、余市町でブドウを育てるおもしろさですね」

明治時代から果物生産が始まり、今では多くの醸造家がワイナリーを構える余市・仁木エリア。雪深い北国ならではの栽培方法を確立してきた先人たちの知恵と苦労が、現在のフルーツ王国を支えています。「主人は、私に余市の歴史を話してくれることもありますし、先代はもちろん、他のベテラン農家さんからも栽培技術を教わっているんです」と教えてくれたのは奥さまの里奈さん。

「自分は今、安芸農園の代表を務めていますが、あくまでも農園の歴史の1ページ。歴史を繋いでくれた先代たちの存在があったからこそ、今の仕事が出来ているのだと感じます。そしていつかやってみたいのは、目の前に広がる畑を眺めながら、畑で採れたブドウのワインとおいしい食事を提供できる場所を作ること」と、描く未来を教えてくれた安藝さん。

安芸農園のブドウで委託醸造するオリジナルワイン作りは2024年にスタートしたばかり。無添加のブドウジュースの販売からシャインマスカット生産まで、安芸農園の歴史には、着々と新しいページが刻まれています。

※本記事の情報は、2025年8月のものです。

安芸農園
住所:〒046-0002 北海道余市郡余市町登町440番地

Events

ディスカバリー北海道

《大丸百花祭》
ディスカバリー北海道

開催期間:2025年10月8日(水)〜21日(火)
場所:大丸札幌店 地下1階ほっぺタウン

北海道のおいしいものをもっと深掘りしたいとバイヤーたちが奔走。今回の注目食材は、希少な北海道産シャインマスカット!余市で6代にわたり農家を営む「安芸農園」が手間暇かけて生産する糖度の高いシャインマスカットを紹介。野菜ソムリエサミット2024金賞受賞。

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企画取材:藤尾智美 / 制作:3KG / ライター:布施さおり / 写真:岡田昌紘