百花の人
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吉川きちかわ 貫一かんいち アーティスト

描く、演じる、癒やす。「祭太郎」の3つの顔は、どのように生まれたのか

百花POINT

大丸札幌店の各階にあるレストスペースには、買い物の合間にひと休みしながら、ゆっくりと鑑賞していただきたいアート作品が飾られています。6階のレストスペースに展示されているアクリル画は、今回ご紹介する吉川貫一さんの作品です。吉川さんは、アーティスト「祭太郎」として創作活動に取り組む一方で、イベントなどでライブパフォーマンスを行うパフォーマーとしての顔も持ち、さらには人の体をメンテナンスする鍼灸師としても活動しています。一見異なる3つの活動は、一体、どのように始まったのでしょうか。そんな興味からお話をうかがうと、それぞれの活動は、人生という試行錯誤の流れの中で偶然と必然が絡み合いながら生まれてきたものでした。

取材者:大丸札幌店 藤尾智美

PROFILE

吉川 貫一 きちかわ かんいち

アーティスト・パフォーマー・鍼灸師

名寄市生まれ、48歳。アーティスト「祭太郎」として絵画制作に取り組み、北海道立美術館、500m美術館、日中の現代美術交流展(上海)、横浜トリエンナーレ特別連携プログラムなどに出品。また、石狩市で開催される『RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO』では、20年以上にわたり名物パフォーマーとして参加するほか、2023年からは応援アンバサダーとしても活動。国内外のイベントで、ライブパフォーマンスを披露する。鍼灸師としては、2026年3月には、約8カ月をかけて自ら内装を手がけた新たな治療院『祭林堂 まつりん鍼灸治療院』をオープン。

アーティスト、パフォーマー
そして鍼灸師の顔を持つ

上の写真に目がくぎ付けになった方も多いのではないでしょうか。実はこの一枚には、今回ご紹介する吉川貫一さんの活動のすべてが詰まっているんです。

吉川さんは、「祭太郎(まつりたろう)」の名でアーティストとしての創作活動に取り組む一方で、ウサギの耳がついた和柄のマスクに前掛け姿で、大声で口上を述べながら受け身をとるパフォーマーであり、さらに本名で活動する鍼灸師でもあります。

大丸札幌店6階のレストスペースに飾られているのは、アーティストとして描いた吉川さんのアクリル画。紹介した活動の奇抜なイメージとは対照的に、観る人の心を癒やしてくれるような、穏やかでやさしい世界観の作品です。

「この作品を描いたのは2022年。世の中にはコロナ禍の影響やウクライナ侵攻による不穏な空気が流れ、個人的には父が急逝した時期でもありました。細胞の形や土や川の流れ、植物や花火のようなイメージが、ずっと頭の中にあったんです。体の中にある細胞やDNAのように、自分の内側で起こっていることを表に出してみたいと思い、取り組んだ作品です」と吉川さんは振り返ります。

土地の背景を調べながらインプロヴィゼーションと呼ばれる即興音楽を制作する世界的な芸術家と出会い、たまたま自身も関心を寄せていた空海のルーツや、北海道に残る縄文の歴史を辿りながら音楽制作をする話を聞いたこと。自分の中に、家族からはまったく知らされていなかったアイヌの血が流れていると知ったこと。創作の時期に、吉川さんの内と外で同時進行するように起きていたさまざまな出来事が、作品の中に溶け合っています。

「何かを描くとか、何かをつくる感覚ではなく、何かをつくらされている感覚です。人間の内蔵が不随意運動で動くように、手に任せて描くような感覚。自分の中と外にある自然にワクワクし、感動する感覚を目覚めさせたい欲求があるんです」

自然界の花や動物を思わせるシルエットが浮かび上がるかと思えば、くるくるとしたらせんが現れたり、水や雨のような流れも感じられたり。溶け合うような色彩の中で金箔がきらめき、観るたびに異なる印象をもたらしてくれる作品です。

祭りの妖精・祭太郎は
いまや会場の風物詩に

すべての活動の原点は、パフォーマンスです。なかでもパフォーマーとしての『RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO』への参加は、2003年から20年以上!

太鼓を叩き、応援口上のパフォーマンスやラジオ体操で観客を楽しませる祭りの妖精・祭太郎は、毎年恒例の音楽の祭りに行ったら出会える名物、風物詩のような存在になりました。

さらにパフォーマンスのルーツを辿ると行き着くのが、幼い頃から親しんできたプロレスです。同居していた祖母の影響で、子どもの頃からプロレス好きに。幼心にも、ジャイアント馬場さんの存在は衝撃的だったといいます。

「当時50歳を過ぎていた馬場さんの技は、ほとんど動いていないように見えました。跳んだりはねたりするシャープな動きとは違う、歌舞伎や能のようなスローな動きに、ただならぬ凄みを感じていました」

「『プロレスが好き』と言うと、『八百長なんでしょ?』と否定される。これはプロレス好きが必ず通る道です。でも、僕が言いたいのはそこじゃない。なんとかしてその魅力を伝える術はないかと、ずっと考え続けていました」

入場シーンを見るだけで血液が沸騰するような興奮をおぼえながら、プロレスの現場で見えていることと、馬場さんの体の内面で同時に起きていること、見えるものと見えないものが同時進行していることに魅了されていたという中学生時代。

名寄市の工業高校卒業後は、札幌市の北海道芸術デザイン専門学校へと進学。その後、講師であった端聡氏が主宰するアートスクール(現・CAI現代芸術研究所)に2期生として通います。しかし当時は、表現したいことを見出せないまま。それでも周囲の人たちの感性に大きな刺激を受けながら、「自分が好きなことをやりなさい」「他人を評価しない」という端氏の言葉を支えに、吉川さんは思考を重ねます。

やがて自身の内面を深く掘り下げながら行き着いたのが、受け身のパフォーマンス。クラブでダンスのように受け身を繰り返すライブパフォーマンスを試みたとき、それまで抱えていた自信のなさが、心の中で一気にはじけるような感覚を味わいます。

転機となったのは、端氏がドイツのギャラリーで個展を開催する際に、オープニングパーティーでパフォーマンスを披露したことでした。

「ウサギの耳をつけて受け身のパフォーマンスを披露すると、観客はドン引き。しかし、その後に拍手喝采が起こったんです」

自ら内装を手掛け、コンクリートを流し込んだ鍼灸院の店内で受け身をとってくださった吉川さん。一瞬宙に浮き、体を床や地面に打ちつける受け身の動作。その痛みは自分にしか感じられません。自身の身体を通して、痛みという感覚を表現するパフォーマンスは、祝宴や学会の場といったシチュエーションとのギャップがあるほど謎めいて強い印象を残します。

「何をしているのか?」「それにはどんな意味があるのか?」と次々に問いかけられながら、吉川さんは鑑賞者との対話によって成立する現代アートの手応えを感じます。

「当時は、表現とは羞恥心をさらけ出すことが僕の命題でした。突き抜けるための方法を探していたので、自分に足りないものを補うために外へ出し、試し、反省する。それを繰り返すことが重要で。他人を意識すると形は整うけれど、人の心には届かないと思っていました」

2003年の『RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO』への参加からパフォーマーとしての名前を吉川貫一から祭太郎に変え、その後も国内外のアートイベントの場でライブパフォーマンスを披露したり、自身のパフォーマンスや周囲の反応を撮影した映像作品をギャラリーや美術館で発表したり。自信のなさを裏返すように表現を積み重ねてきた先には、誰にも替えが効かない唯一無二のパフォーマーの姿がありました。

ドイツでパフォーマンスを行った際に、痛そうなプロレスの受け身がドイツ人に伝わるだろうかと考えて、せめて見た目だけでもかわいらしくしようとバニーガールをイメージしたウサギのかぶり物をしたのがウサギの耳付きマスクの始まり。プロレスのマスクを作る職人さんが作るこのマスクは、28代目だとか。

体に備わる自然を知る
鍼灸師と東洋医学の学び

「鍼灸に出合ったのは、京都に行って、仏像彩色の仕事や現代美術家のアシスタントをしながら、さまざまな文化に触れていた時期です。出会った鍼灸師の方は、半年は治療にあたり、残りの半年は世界を旅しているような方で。京都で東洋思想や仏教に触れながら、物事を二元論で捉えるのではなく、そのあいだにある“中道”や“中庸”という考え方を知り、人間の生命も体内の環境を一定に保つホメオスタシスという調整機能によってバランスが保たれていることに興味を持ちました」

北海道鍼灸専門学校で学んだ後、同校の臨床センターに5年間勤務。2015年に独立し、以来、鍼灸師として自然治癒力を引き出す鍼灸治療を行っています。

「教科書どおりに鍼を打っても、その人の体は教科書どおりではありません。人の体を、知識と自分の経験値から予測しながら探っていくんです」

作品には、過去に京都で仏像彩色の仕事をした際に学んだ金箔を細く切って使う截金(きりかね)の技法を取り入れています。

東洋医学を学ぶ中で、イメージが変わったのは“痛み”。炎症反応は生体防御として免疫が働き、修復を促す体からのサインなのだと知ったといいます。

「受け身を始めてから、僕の体は慢性的な不調を抱えています。体が危機的な状況に陥るとアドレナリンが分泌され、回復の過程でコリが固まり、それが慢性痛になっていく。そのプロセスを自分の体で実感できるようになりました。東洋医学を学んだことで、パフォーマンスを行う自分の体に何が起きているのか、変化のメカニズムを理解できるようになってきたんです」

アーティストとして、パフォーマーとして、そして鍼灸師として。活動の形は異なっていても、外からは見えない「体の内なる自然」を見出そうとする試みは共通しているのかもしれません。

「例えば、現代アートの作品の情報を浴びた時、どう解釈してよいかわからないことがありますよね。でも、年を重ねて自分自身も変化すると、解釈も熟成されて、何年後かにやっと気づけることもあるんです」

明確な答えや結論を急いで求めがちな今。迷い、葛藤しながらも、目に見えないものの向こう側を探し続ける祭太郎さんの姿は、私たちが生きる世界の、尊く、美しいものを探しているようにも感じられました。

印象的だったのは、質問に対してじっくりと考え、言葉を探しながら答えてくださる吉川さんの姿でした。内側から湧き上がるような言葉は、飾り気がなく、見栄も張らない、ありのまま。その言葉を受け取って心の中で反芻する時間は、吉川さんがこれまで重ねてきた思考を深める時間に似ているのかもしれません。

※本記事の情報は、2026年3月のものです。

祭林堂 Art &Performance / まつりん鍼灸治療院
住所:〒060-0041 札幌市中央区大通東7丁目18-1 ノースシティ大通ビル3階
TEL:090-2876-5087
営業時間:11:00〜20:00(日曜・祝日)
HP:https://www.maturindo.com/(※別サイトに遷移します)

企画取材:藤尾智美 / 制作:3KG / ライター:布施さおり / 写真:岡田昌紘