臼田 健二 木工作家
削り出すのは、森の記憶と木の立ち姿
縁に樹皮を残すようにして木をくり抜いたナチュラルエッジボウルや、石ころのようにころんとしたシルエットの花器。北海道・下川町で暮らす臼田健二さんは、地元の森で育ったカエデやナラなどの広葉樹から作品を生み出す木工作家です。木目も樹皮側の表情もそれぞれが異なり、どれ一つとして同じものはありません。臼田さんが工房を構える、下川町の「手仕事スペース てくてく」を訪ねたのは7月下旬のこと。取材前に館内に併設された「すずめキッチン」でランチをいただくと、臼田さんが手がけた食器とトレイに、地元野菜をふんだんに使った彩り鮮やかな料理が並んでいました。食器は軽くて、手になじむ優しい使い心地。あえて残された虫食いの穴に、木が生きていたときの姿が見えてくるようでした。10月7日(水)〜13日(火)に開催される『HOKKAIDO いいモノいいコトマルシェ Vol.28』には、臼田さんが主宰する「手仕事スペースてくてく」から、木工や陶芸の作品が登場します。下川町で暮らし、自らも森を持ちながら、地元の広葉樹で作品をつくる臼田さんに、ものづくりと作品に込めた思いを聞きました。
取材者:大丸札幌店 吹田陽子
臼田 健二 うすだ けんじ2>
木工作家
静岡県熱海市出身、63歳。大学進学を機に上京し、電気工学を学んだ後、エンジニアとして通信機器のマイクロコンピューター開発に従事。1992年から旭川の職業訓練校で家具製作について学び、1995年に東川町にて工房を開設。2015年に下川町移住、翌年に1.6haの森を取得しツリーデッキをセルフビルド。2026年に、木工や陶芸、料理が集まる「手仕事スペースてくてく」をオープン。北の生活デザインコンペ奨励賞(1997年)、丹波の森クラフト展奨励賞(2000年)、日本クラフト展入選(2001年)、高岡クラフトコンペ入選・北の生活デザインコンペ銅賞(2002年)、高岡クラフトコンペ入選(2005年)、北海道立旭川美術館に作品収蔵(2008年)。
生きてきた木の姿が見える
ナチュラルエッジボウル
「一つひとつの木の個性を残したいと思っています」
そう話すのは、下川町で暮らしながら、地元の広葉樹を使って木工作品をつくる木工作家の臼田健二さん。穏やかな語り口とは裏腹に、木工旋盤でカエデの木を回転させ、バイトと呼ばれる刃物で削っていく作業の様子はとてもダイナミックです。
深さがあるナチュラルエッジボウルの縁に残されているのは、木の個性が浮かび上がる樹皮側の表情。縁からボウルの底にかけて年輪が古くなっていくため、ひとつの作品の中に木が生きてきた時間が刻まれ、森で生きてきた広葉樹のありのままの姿が目に浮かぶようです。
「コブや節、虫が食べた穴などを見ながら、木のどの部分を残すか考えて削ります。できるだけ薄く仕上げるのは、ひび割れを防ぐためです」
表面と中心部で乾燥の進み方に差が生まれるとひび割れにつながるため、できるだけ薄く削ることが大切です。その後は自然乾燥させ、紙やすりで表面を磨いて仕上げます。
一般的に木の器は、木目が密で丈夫な木の中心側を器の縁に、亀裂が入りやすい樹皮側を底にして削り出すのだとか。しかし、臼田さんはあえてその木取りを逆にします。樹皮側を縁にすることで、木が育ってきたありのままの姿を器の輪郭に残すためです。
一方で、自然な縁の形を生かすには難しさもあります。木の外周には自然な凹凸やうねりがあるため、旋盤で回転させると、刃物が木に当たったり離れたりを繰り返して作業はより繊細に。
「よい木を見つけると、ナチュラルエッジボウルにしたくなります。器を森の一部だと思って、森を感じてほしい気持ちが強いんです」
エンジニアから木工作家へ
本との出合いが大きな転機に
「20代は、エンジニアとして通信機器のマイクロコンピューターの開発をしていました。ゼロからシステムをつくり出す生産的な仕事でした。ソフトウェアなので実体はありませんが、“命令すると出力される”という、ものづくりのおもしろさがある仕事だったと思います」
静岡県熱海市で生まれ育った臼田さんは、大学進学を機に上京。電気工学を学び、卒業後はソフトウェア開発のエンジニアとして東京で暮らしていました。
「東京で暮らしたいという思いがありましたが、実際に暮らしてみると人が多い。週末になると、人の少ない郊外の山へ出かけたり、渓流釣りに行ったりするようになりました。平日は仕事をして、休日は郊外で過ごす。いつしか、そんなライフスタイルになっていたんです」
平日の生活で溜まったストレスを、週末になると郊外で晴らす。高速道路の渋滞を避けるため、深夜や早朝に移動する。そんな日々を繰り返すうちに、臼田さんは少しずつ自分の暮らしに疑問を感じ始めます。
「ストレスを溜めては晴らす消費社会のなかで暮らすうちに、自給自足の暮らしへの憧れも芽生えました。ソフトウェア開発は生産的な仕事ですが、変化するスピードも速い。実体が残って、手で触れられるものづくりがしたいと思うようになりました」
そんなときに出合ったのが、『カントリー・ライフのすすめ』(藤門弘・宇土巻子著/講談社)という本。
「本を読んで『これだ!』と思いました。話をなぞるようにして、思い切って30歳で会社を辞め、旭川の職業訓練校に通い始めたんです」
旭川の学校を選んだのは、写真家・前田真三氏の写真集を見て憧れ、何度も訪れていた美瑛町が隣町だったから。臼田さんは職業訓練校の木工科で1年間技術を学びながら、東川町の一軒家で暮らし、卒業後は無垢材の家具をつくる会社に就職しました。
「生活は激変して、自由を感じました。家具の部品をつくって組み立てる仕事をするうちに、かつて趣味で取り組んでいたクジラの木彫りのような仕事がやりたくなったことが、独立のきっかけです。『BE-PAL(ビーパル)』(小学館)というアウトドア雑誌の後半にたくさん載っていたアウトドアショップの広告を見てはDMを送り、商品を置いてもらうための営業をして。また、旭川には、木工や陶芸、染織など、全国的に活躍する作家たちのつながりがありました。そんな“ものづくり”の基盤がある土地や人間関係のなかで、販路を広げていくことができました」
下川町へ移住し
1.6haの森を所有
木彫りのクジラから始まった作品づくりは、やがて自然や動物をモチーフにしたさまざまな木工作品へと広がっていきます。
「あるとき自分が使っている材料について調べると、7割が輸入材。一方で地元で伐採された広葉樹は、曲がっていたり節が多かったりして板材には向かず、多くがパルプやチップになってしまうことを知り、違和感を覚えました。そんなときに出会ったのが、パルプ材を選別して製材する事業を下川町で始めたばかりだったNPO法人森の生活の麻生さんでした。飛び込みで営業に来てくれた麻生さんの思いに共感し、下川産の広葉樹を使って木工作品をつくるために移住することに決めました」
旭川の街や空港へのアクセスがよい東川町とは異なり、下川町は交通の便がよい場所とはいえません。
「森の近くで暮らすと、木の立ち姿がわかります。いろんな植物や動物がいる森のなかで育った木だとわかって材料を扱うと、何かがちょっとだけ違うかな。森に住む人が、森の木を使って木工品をつくる。それも大事なんじゃないかなと思うようになりました」
だからこそ、材料となる木を見たときに臼田さんの目が向かうのは、節やコブのような、その木ならではの部分。どこを残すのかを考え、もともと木にあるものを伝えていく。そんな感覚で作品づくりに取り組むようになりました。
「移住のハードルが高いので、移住者には何らかの目的がある人や意志を持った人が多く、とてもおもしろい町です。無農薬でハーブを育てて化粧品をつくる人、作曲をするピアニスト、ネイチャーガイド、薪屋さん、トドマツの葉からエッセンシャルオイルをつくる人。飼っている道産子で町を移動し、物々交換をしながら、なるべくお金を使わない生活をする人もいます。個性的な移住者たちと、それを受け入れる懐の深さがある町だと思います」
下川町で、臼田さんは森を所有する何人もの人たちと出会います。
「『森林組合に言っておくと、森が売りに出されたときに教えてもらえるよ』と聞いて、すぐに申し込みました。ほどなくしてその機会がやってきて、1.6haの森が手に入りました」
緑に囲まれた下川町郊外にあった築80年の空き家を譲り受け、自らリフォームして自宅に。
「森の近くで暮らすと、木の立ち姿がわかります。いろんな植物や動物がいる森のなかで育った木だとわかって材料を扱うと、何かがちょっとだけ違うかな。森に住む人が、森の木を使って木工品をつくる。それも大事なんじゃないかなと思うようになりました」
だからこそ、材料となる木を見たときに臼田さんの目が向かうのは、節やコブのような、その木ならではの部分。どこを残すのかを考え、もともと木にあるものを伝えていく。そんな感覚で作品づくりに取り組むようになりました。
森で暮らし森の恵みを加工
木の背景まで伝わる作品づくりへ
「これは、樹高20m、直径1mほどあった樹齢400年のナラの木からつくりました。下川町サンル地区の町有林に生えていましたが、枯れ始めていたことから、有効活用するために伐採されたものです」
臼田さんが見せてくれたのは、抱えるほど大きなナチュラルエッジボウル。年輪が細かく正確な樹齢を数えることは難しいものの、400年ほど下川の森で生きた木から切り出した作品です。
深いボウルの底にあたる木の中心部が形成されたのは、およそ400年前の江戸時代初期。そして、樹皮側の縁は、伐採された2024年まで木が生きていた場所です。ひとつの大きなボウルの中に留められているのは、およそ400年という時間の流れ。
大丸松坂屋のルーツをたどれば、大丸の前身となる呉服店の創業は約300年前、松坂屋の前身となる呉服店は約400年前。ボウルを覗き込むと、木が森で重ねてきた時間と大丸松坂屋が歩んできた時間の流れが重なり合い、臼田さんの作品が森の記憶を削り出していることを実感します。
そんな臼田さんが、これから計画しているのがヤギを飼うこと。思い描いているのは、生きていくための労働をするために、生活そのものに軸足を置いた森の暮らしです。
「前回の『HOKKAIDO いいモノいいコトマルシェ』に出店した際に、ヤギを飼育している七飯町の陶芸作家さんと知り合いました。食べさせていただいた自家製のヤギチーズがとてもおいしくて。以前からヤギを飼うのが夢で本も読んでいたのですが、なんとヤギを譲っていただけることになりました」
現在は、自宅横にヤギの飼育場所を整備中。来年春には子ヤギを産んでもらい、ミルクを飲んだりチーズを作る予定です。
『HOKKAIDO いいモノいいコトマルシェ Vol.28』には、臼田さんが主宰する「手仕事スペースてくてく」から、ご本人の作品のほか、一緒に活動している「風花堂」「のらねこ屋」「KAKAPO」の木工作品、陶芸作品も登場します。
木の個性を残し、その木が育った森の姿まで伝える臼田さんの作品から、下川町の森に流れる自然の時間を感じてください。
※本記事の情報は、2026年7月のものです。


















































