百花の人
024

伊勢いせ 昇平しょうへい 株式会社ブルーチーズドリーマー

そのままでも、料理に加えてもアレンジの幅は想像以上江丹別の青いチーズ

百花POINT

青カビ王子こと伊勢昇平さんに会うために「江丹別の青いチーズ熟成所」を訪ねたのは、澄んだ秋空が広がる10月の初旬。築80年近く経つレンガ倉庫の屋根は青色に塗られ、ここが目的地であるとひと目でわかる佇まい!到着した私たちを、伊勢さんは青い車から降りて迎えてくれました。故郷の江丹別町で、兄が育てる牛の生乳から作る伊勢さんの青カビチーズは、刺激的な臭みがなく、熟成した青カビの風味と凝縮した生乳の香りのバランスが絶妙です。国際線ファーストクラスで採用されたほか、2024年に開催された「第1回ARTISAN CHEESE AWARDS」では、部門優秀賞・スーパーゴールドを受賞。普段は自社直売所の「江丹別の青いチーズ熟成所」や一部店舗、オンラインショップでしか買えない「江丹別の青いチーズ」が、11月5日(水)から大丸札幌店地下1階食品フロアで始まる『CHEESE! CHEESE! CHEESE!~チーズ好きに届ける21日間~』にお目見えすることに!今回は、世界一のチーズ、世界一の村を目指す伊勢さんに、これまでの道のりをお聞きしました。

取材者:大丸札幌店 船岡未弥子

PROFILE

伊勢 昇平 いせ しょうへい

株式会社ブルーチーズドリーマー代表、青カビ王子

旭川市江丹別出身、39歳。兄が経営する伊勢ファームの生乳で、手づくりの「江丹別の青いチーズ」を製造。帯広畜産大学畜産学部卒業後、共働学舎新得農場やフランス・オーベルニュでチーズ製造を学んだ後、2010年に故郷の江丹別で青カビチーズ製造をスタート。国産の食材において史上初めて、JALとANAの国際線ファーストクラス機内食に採用されたほか、日本初のチーズコンテスト、日本アートフロマジェ協会主催の「第1回ARTISAN CHEESE AWARDS」(2024年)において、「江丹別の青いチーズ酒粕熟成旭川」は部門優秀賞・スーパーゴールドを受賞。

放牧牛の生乳で作るチーズは
季節で変化する味わいが魅力

鼻に抜ける香りと深みのある味わい。まろやかな旨みが口いっぱいに広がる「江丹別の青カビチーズ」は、臭みがないので食べやすく、熟成した青カビの風味と凝縮したミルクの香りのバランスが絶妙な逸品です。そのままいただくのはもちろんですが、クリームパスタに加えれば、いきなり本格派の味わいに!旨みの塊なので納豆やカレーに加えても味に奥行きが出ます。このチーズを、「世界一のチーズを作る」を合言葉に、故郷の旭川市江丹別で製造しているのが、青カビ王子、ブルーチーズドリーマーこと伊勢昇平さんです。

「オーベルニュで確立されたブルーチーズの作り方を学び直した際に、ヨーロッパのチーズはワインのビンテージのようにブランディングされておらず、世界一を取るチャンスがあると感じました。SNSの発信や、青カビパーカー、本の出版もそうですが、チーズ以外の方向からファンになってもらったり、チーズ好きになってもらったりするのが勝負どころ。唯一、フランスに勝てる道だと思っています」と話す伊勢さん。

「雪が解けて放牧を始める日は、春を待ちわびていた牛たちが、見てわかるほどうれしそうに飛び出していきます。春と秋は牧草地の草が伸びる季節。この時期の青草を食べる牛の生乳からチーズを作ると、乳質の変化を実感します。食べものでこんなに変わるのかと驚きますが、色も味も歩留まりも違う。青草に含まれているカロチンで生乳もチーズも黄色くなるんです。干し草を与える冬の生乳は脂肪分が多く、濃厚な味わいのチーズに。大量生産では表現できない季節の変化は、手作りチーズの価値だと思います」と話す伊勢さんは、酪農家の2代目。家業を継いだ兄が経営する「伊勢ファーム」の生乳を使い、フランス・オーベルニュ地方の製法で「江丹別の青カビチーズ」を作っています。

2010年にチーズ製造を始めて以来、JAL、ANAの国際線ファーストクラスで採用され、2024年には「第1回ARTISAN CHEESE AWARDS」では風味付け青かび部門優秀賞スーパーゴールドを受賞。そんな華々しい経歴の裏には、まるで漫画のように波瀾万丈なエピソードがありました。

「江丹別の青いチーズ」はプレーンタイプも含めて3種類。旭川の老舗酒造、高砂酒造の酒粕でチーズを包み、低温熟成させた「江丹別の青いチーズ 酒粕熟成」は、酒粕による追熟で香りも舌触りもまろやかに変化。深みが増してカドがとれたチーズは、びっくりするほどの旨みの塊!ヤマブドウの品種がブレンドされた、ふらのワイン「羆の晩酌」で熟成した「江丹別の青いチーズ ワイン熟成」は、青カビチーズに軽やかな風味をプラス。3種を食べ比べると、一層楽しさが広がります。

青カビチーズの製造を始めて
自分の弱みは最強の強みに

「チーズ作りを目指したきっかけは、高校時代に学外で英語を教えてくれた先生のひと言でした。当時の僕は、地元の中学から旭川の進学校に進み、田舎の故郷と酪農家という家業を呪っていたコンプレックスの塊。先生はスキーのコーチとして多くの海外経験がある方で、海外に挑戦し、世界と勝負するといった感覚の持ち主。ある時、その先生に言われたんです。『親父が搾る牛乳でめちゃくちゃ美味いチーズをつくったら、立派なワールドワイドだぞ。やるなら世界一を目指せ』って。そのひと言に魂が震えました」

チーズ製造を学ぶために帯広畜産大学へ進学。卒業後は、「競争社会ではなく協力社会を」の理念の元でチーズ作りに取り組み、多くの職人を輩出している共働学舎新得農場で学びます。

「世界一のチーズを作ることだけが、理想の自分になるために唯一残された道だと感じていました。田舎者とからかわれた自分を変えたい、見返してやりたいという自分の内側からの欲求が100%。社会貢献なんてまったく考えていなかった」と、当時の心境を振り返ります。

自分にしかできないチーズを探すために、江丹別の気候に似たフランスのチーズ産地であるオーベルニュを訪ねた伊勢さんは、特産品のブルーチーズと出合います。帰国後の2010年に、青カビチーズの生産を開始。イタリアやフランスの伝統的な製法が書かれていた古い本を参考に作ったチーズは大成功し、またたく間に名が広がりました。JALの国際線ファーストクラスに採用されたり、メディアに取り上げられてテレビ出演をしたり、順風満帆かと思われた2012年のある日。

「チーズを切ったら、まったく青カビがありませんでした。青カビを生やすという、根本的な部分がわからなくなり、うまくいってはダメになり、作っては廃棄する生活を3年ほど繰り返しました。国内にはほとんどいなかったブルーチーズの生産者や、大手メーカーにも聞きに行きましたが、青カビを生やす理屈はわかっても、それまで生えていたカビが生えなくなった答えが見つからない。ダメになったチーズは、糞尿と共に堆肥化するために牛舎裏の堆肥場へ廃棄します。でも、廃棄量が多すぎて、掘るとチーズが出てくるんです。金銭面のダメージもさることながら、チーズで示した自分の存在価値と自信が、すべてなくなった怖さがありました」

伊勢さんは、両親に相談して2015年に1年間ほど仕事を休み、再度、フランスのオーベルニュで学び直すことを決意します。

「勇気があるなんて言われますが、ただの消去法。世界一のチーズを作るために選択肢はありませんでした。二度とあんな思いは経験したくないけれど、あの時失敗しておいてよかったと、今は思えます」

壊れたトランクを引きずり、車中泊もしながら、ブルーチーズ工場で働くフランスの若者や日本の料理人などとの多くの出会いが知識と知恵を授けてくれた1年間。青カビが生えない理由も解明し、帰国後は製法をガラリと変えてチーズ作りに再挑戦します。ここでうまくいくかと思いきや、乳酸菌が商品カタログ通りの効果を発揮しないことが判明。しかし経験値を上げた伊勢さんは、動揺することなく徹底的に異なる乳酸菌を試します。そこで行き着いたのが、なぜかウォッシュタイプのチーズを製造するための乳酸菌だったそうです。

「青カビが生えない理由は説明できるようになっても、青カビ専用の乳酸菌がなぜうちの生乳に合わないのかは、未だに説明が付きません」

発酵食品が、いかに原料や製造環境に大きく左右され、その土地でしか醸せないチーズがあることを実感できるエピソードです。

世界一のチーズ
世界一の村を目指して

「僕は、農産物の商品名には地名を付けるべきだと考えています。ゴルゴゾーラやカマンベールは、そもそも地名が由来です。チーズに地名を付ければ、商品が産地を宣伝してくれるようになる。良いものを作ることが、土地のブランドを高めてくれるはずです」

雪がない時期は放牧をする。土地そのものを堆肥で育て、自然に生えた牧草を食べさせる。化学肥料や濃厚飼料を使わずに、手を掛けながら自然な環境で少数の牛を育てる。父親の代から続く独自の酪農スタイルと乳質の良さは、なにより大きなチーズの価値になりました。親の仕事、江丹別という土地、自分の人生……。若かりし日はネガティブに捉えていた事柄は、いつしかオンリーワンのチーズに繋がる強みへと変化。「弱みは個性」だと伊勢さんは力を込めます。

地元の農協が約80年近く前に米の備蓄倉庫として建てたものの、米の生産がうまくいかなかったことから使われていなかったレンガ倉庫を「江丹別の青いチーズ熟成所」として再生。

チーズの製造スタッフも増え、製造環境を整えたり、生産数を増やしたりするために、2025年春には「江丹別の青カビチーズ熟成所」を開設。伊勢さんの「世界一の村計画」に共感して移住を決めたフレンチレストランやパン屋の仲間も増えました。

「ヨーロッパは小さな農村でも素敵な空間で、農産物が作られ、売られて地域が持続循環していました。それを江丹別で実現したい。課題もありますが、日々楽しく過ごすために仲間がいていろんな店があって、みんながしっかりお金を稼いでわいいわいやっている未来図を想像しています」

青カビチーズのフリーズドライから、ウエディングフォトの店までまだまだ構想は広がる一方。25歳でチーズ作りをスタートした青カビ王子も39歳。今では2児の父親としてしっかりと江丹別に根を張り、世界一のチーズ、世界一の村を目指して、信じる道を突き進んでいます。

伊勢ファームのミルクで作るカウ&カーフのソフトクリームは、伊勢さんが高校2年の時から販売をスタート。父親が育てる牛のソフトクリームをおいしそうに食べるお客さまの笑顔を見たことも、チーズ作りの道へ進む背中を押してくれました。

※本記事の情報は、2025年9月のものです。

江丹別の青いチーズ熟成所
住所:〒071-1173 北海道旭川市江丹別町中央103-8
営業時間:12:00~15:00(土日のみ営業)

Events

CHEESE! CHEESE! CHEESE!~チーズ好きに届ける21日間~

CHEESE! CHEESE! CHEESE!~チーズ好きに届ける21日間~

開催期間:2025年11月5日(水)~25日(火)
場所:大丸札幌店 地下1階ほっぺタウン

伊勢さんのチーズは11月5日(水)~11日(火)の期間、地下1階グローサリー売場で販売いたします。3種類のチーズを札幌で購入するチャンス!さらに11日は伊勢さんご本人がご来店!この機会にぜひお越しください。
※ご不在の場合、お近くのスタッフへお声掛けをお願い致します。

※本イベントは終了しました。

企画取材:船岡未弥子 / 制作:3KG / ライター:布施さおり / 写真:岡田昌紘
  1. 001
    菅野 裕隆 株式会社 菅野養蜂場
  2. 002
    藤井 信二 メムロピーナッツ株式会社
  3. 003
    岡崎 実央 アーティスト
  4. 004
    林家 きよ彦 落語家
  5. 005
    宮岸 蒼 札幌ファッションデザイン専門学校DOREME 学生
  6. 006
    澤田 怜那 北海道芸術デザイン専門学校 学生
  7. 007
    佐久間 穂菜美 おたる水族館 飼育員
  8. 008
    山田 真史 JAPAN AX PROJECT株式会社
  9. 009
    妹尾 大樹・萌子 ORITSURU
  10. 010
    小笠原 敏文 株式会社 五勝手屋本舗
  11. 011
    北山 カルルス イラストレーター
  12. 012
    高橋 秀寿 高橋工芸
  13. 013
    日名地 博花 Cado
  14. 014
    伊藤 沙菜 株式会社 Easy Peasy
  15. 015
    石川 朋佳 トヅキ合同会社
  16. 016
    佐藤 壮馬 美術家
  17. 017
    竹内 隆介 トピカ
  18. 018
    林田 直樹 Brift H SAPPORO
  19. 019
    中村 夏音 Kanonnohimo
  20. 020
    宮本 翼 PIZZERIA DEL CAPITANO
  21. 021
    安藝 元伸 安芸農園
  22. 022
    橘 結 アーティスト
  23. 023
    小林 啓太 株式会社パルコ
  24. 024
    伊勢 昇平 株式会社ブルーチーズドリーマー
  25. 025
    鈴木 聡 鈴木聡ヴァイオリン工房
  26. 026
    沼田 大資 株式会社フォーシーズンズ
  27. 027
    BOTAN 花屋
  28. 028
    竹花 利貴 日本清酒株式会社 杜氏
  29. 029
    今村 育子 札幌駅前通まちづくり株式会社
  30. 030
    荒川 雄生・桜 ボクツメ
  31. 031
    河野 理恵 Liaison
  32. 032
    中川 斐世利 株式会社京屋
  33. 033
    星野 恵 一般社団法人 相互支援団体かえりん
  34. 034
    山岡 千秋 こぶ志窯
  35. 035
    荒田 朝陽 アーティスト
  36. 036
    吉川 貫一 アーティスト
  37. 037
    長谷 有理子 長谷製菓株式会社
  38. 038
    マーク・ギャニオン GAGNON株式会社
  39. 039
    吉田 慎司 株式会社まちづくり山上