吉田 慎司 株式会社まちづくり山上
自然の力を活かしきる。合理的で持続可能な生き方を編む中津箒
今回ご紹介するのは、軽くてやわらかな穂先が使いやすい中津箒(なかつほうき)です。約150年前から神奈川県愛甲郡愛川町中津で受け継がれてきたこの箒には、微調整を繰り返しながらつくられてきた生活の道具だからこその美しさがあります。箒の強度を高めるためにホウキモロコシを束ね、織物のように編み込んだ姿はまさに機能美そのもの。部屋の傍らに置いておける存在なので、床のほこりが気になったときに、夜でも音を気にせず手軽に掃除できる点も魅力です。工業化の波とともに一度は途絶えかけた中津箒。その伝統を再興させた『まちづくり山上』のつくり手の一人として、小樽で暮らしながら箒づくりに取り組んでいるのが吉田慎司さんです。箒のアトリエと書店、カフェを併設したご自身の店『がたんごとん』から生まれる中津箒が、6月17日(水)~22日(日)開催の『つながる暮らしのマーケット』に登場します。
取材者:大丸札幌店 吉川藍・関春香
吉田 慎司 よしだ しんじ2>
株式会社まちづくり山上 中津箒つくり手主任
42歳。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。2007年より、明治期から神奈川県愛甲郡中津に伝わる中津箒づくりに携わる。現在は小樽市塩谷で暮らしながら、箒のアトリエ、書店、カフェを併設した『がたんごとん』を営み、自身が製作する中津箒や詩歌の本を販売。カフェスペースでは自家製酵母のパンやコーヒーも楽しめる(4〜12月頃営業)。NPO法人余市農芸学舎理事、NPO法人OTARU CREATIVE PLUS理事。著書に『手仕事というもくろみ 暮らしを編み直す』(ブルーブラックカンパニー)。
暮らしを豊かにする
生きるために必要なこと
中津箒のつくり手である吉田慎司さんにお会いするため、小樽市塩谷の店舗兼住宅を訪ねたのは5月中旬。川が流れ、ウグイスの声が響く緑豊かな山あいに、吉田さんが営む店『がたんごとん』はありました。
私たちを最初に迎えてくれたのは鶏。庭の一角を埋め尽くすイチゴの白い花や、家の脇に積まれた薪、広い庭の木陰にのぞくツリーハウスからも、吉田さん一家の暮らしぶりが伝わってきます。
「お店のコンセプトは、『生きるための道具と詩歌』です。手ざわりのある暮らしを大切にしたいと思っていて。人間が生きるということは、生命維持だけではありません。景色や味、香り、感触に心が動いたり、感動したりするときにこそ、人の『生きる』は成立すると思うんです」
叙情や味わいのある暮らしをしたいと考えたとき、植物から作られる美しい道具は、その思いを直接暮らしの中に取り入れられる存在だと吉田さんは言います。
「生活に取り入れられるから、道具や工芸はとても強い。一方で詩歌は、その対極にあり、言葉は直接何かの役に立つわけではありません。形もなく、消えてしまう抽象的なものですが、人の心を動かすことができる。研ぎ澄まされた言葉がある暮らしは、とても豊かだと思っています」
植物から手作りする箒。言葉を紡ぐ紙の本。小麦と水と塩を天然酵母で発酵させて焼き上げる食卓のパン。吉田さんにとって、中津箒や詩歌の本を売ること自体が目的ではありません。それらは、自身が思い描く豊かな生き方へと近づくための方法なのです。
地域を訪ねて人の暮らしや生き方を学び
自分なりの尺度を見いだした学生時代
吉田さんの思いをたどると、武蔵野美術大学造形学部彫刻学科で学んだ学生時代に行き着きます。
豊かさを求めて古いものが次々と失われていく時代に、福島県南会津町の大内宿の暮らしを守り、残すことの大切さを訴え続けた相沢韶男先生。そして40年以上にわたりアマゾン奥地への調査を続けた探検家・人類学者・外科医であり、武蔵野美術大学名誉教授でもある関野吉晴先生から、吉田さんは大きな影響を受けます。在籍していた彫刻分野よりも、学科にはなかった民俗学へ強く惹かれながら、民俗学者・宮本常一先生のコレクションをはじめ、9万点を超える生活造形資料が収蔵される民俗資料室へ通う日々。
また、人の暮らしを紐解くために地域を旅して、そこに暮らす人々の話を聞き、長期休暇には茨城県笠間市の廃校を活用して子どもたちと寝食を共にしながら遊ぶ「造形教育研究会アトリエちびくろ」のサークル活動に明け暮れたといいます。
「ちびくろは教職課程の学生の集まりでしたが、ただひたすら子どもたちと遊ぶんです。廃校ですから、水道管が壊れたり、窓が割れたり、雨漏りしたら自分たちで直す。手作りの五右衛門風呂のために薪を割っていると、近所に住んでいる薪割りがうまいおじいちゃんが手伝いに来てくれたりして。廃材がいっぱいあるので、みんなが自分の小屋を建てていました」
食事の支度は学生なのに、気づけば子どもたちが薪でお米を炊けるようになっている環境で過ごすうちに、都会の暮らしに違和感をもっていた吉田さんは、自然に近づきながら自分で暮らしを組み立て、場をつくることに関心を持ちます。
「相沢先生は学者なのに、『本を読む暇があるなら、地域のおばあちゃんの話を聞きに行きなさい』とおっしゃる先生でした。『歴史は、これまでのことと、少し先の未来を知るためにある』という先生の言葉は、本当にその通り。なんで車乗るの?どうして使い捨てなの?という疑問は、歴史を辿ると答えがある。現代社会の問題意識や未来を知るための手がかりが民俗学にはあって、それを体感できるのが、ちびくろの活動だったのだと思います」
気づけば人生を動かしていた
美しい中津箒と人との出合い
吉田さんが中津箒と出合ったのは、大学卒業後に民俗資料室でアルバイトをしていたときのこと。当時、中津箒を再興させようと『まちづくり山上』を立ち上げ、大学院に在籍していた柳川直子さんが開催した箒の展示会に出向いたことがきっかけでした。
その場で、後の師匠となる柳川芳弘さんと、その手による繊細で美しい中津箒に出会います。
「ワークショップに参加したら、『遊びにおいでよ』くらいの雰囲気で『習いにおいでよ』と声をかけてくださって。芳弘さんが暮らす京都へ出向き、数週間教えていただいた最後にいただいたのは、『ここではこう教えとく。帰ってからどうつくるかは、あんたの自由や』という言葉でした」
大量消費社会に加担するのは罪だと感じていた吉田さんにとって、偶然の出会いから始まった箒づくりは、いつしか自身の暮らしや生き方を最適にする選択肢のひとつになりました。技術を学んだ吉田さんが、『まちづくり山上』で箒作りに取り組み始めたのが2007年のこと。
一度途絶えた箒作りは、原料となるホウキモロコシの種を探し、譲り受けるところから始まったそうです。また、「昔ながらの職人仕事のままでは、この先やっていけない」と考えた吉田さんは、クラフトフェアや職人展などの売り先や伝え方に、美大生ならではの思考と視点を重ね、中津箒は広く知られるようになりました。
現在は、7人のつくり手によって箒が生み出されています。ベースとなる形はあっても、箒に表れてくるのはつくり手の思想。
「私は、カンパーニュっぽいものが好き。田舎じゃなくて田舎風。地元の人が素朴に作る民芸に憧れるけれど、どう売ろう、どう残そうという考えが入った時点で、ありのままの姿には戻れないから田舎“風”なんです。きれいで装飾的にするよりも、ぐりぐり縛って強固にしたい。だから多少ゆがんでも、締め付けるように作ります」
小樽での生活そのものが
生み出す中津箒の価値となって
小樽で暮らし始めて5年。箒や本を求めて、道内はもとより、本州からもお客さまがやってきます。
「鶏を飼い、薪を割り、畑を耕す生活の中で箒をつくる小樽の生活を始めてからやっと、『自然に無理をかけず、あまり自然を傷つけないで暮らしたい』と言えるようになった気がしています。植物を束ねる素朴な箒作りは、自然の中に力を極力活かしきる理にかなった仕事です。自分が学び、考え続けてきた合理的な生き方、機械的な意味での合理的ではなく本当に理にかなうことを、今やっと回収できるようになりました」
都会で暮らしていた頃よりも、実感を伴う小樽での暮らしとともに、吉田さんが生み出す中津箒の真実性は増しています。
「高価な器よりも子どもが作った器が一番なように、物の良さは数値化されないところが大事です。小樽で作り、こういう生き方をしていることに意味があり、それが箒の中に残っていくと思うから」
帰り際、私たちを見送ってくれた吉田さんの手にあったのは産みたての卵。その姿がとても眩しく見えたのは、どこかで忘れかけていた豊かさを見た気がしたからかもしれません。
6月17日(水)~22日(日)に開催される『つながる暮らしのマーケット』では、吉田さんの実演とともに中津箒を販売します。スピードばかりが求められる時代だからこそ。手ざわりのある生活の道具は、その背景にある歴史や文化に思いを巡らせ、豊かさとは何かを問いかけてくれるはずです。
※本記事の情報は、2026年5月のものです。
がたんごとん
住所:〒048-2672 北海道小樽市塩谷2丁目41-5
営業時間:10:00〜17:00
定休日:火・土・日曜日









































