300年周年のフェニックスアートを
ミャクミャクのデザイナーと巡る。
山下浩平|デザイナー・絵本作家
今年、心斎橋の地に開業して300周年を迎える大丸心斎橋店。「ずっと、あきない」というキャッチフレーズのもと、館では年間を通して記念イベントが目白押しです。6月は「アート」がテーマで、300年の歴史のなかで、二度の焼失を経験しながらも復活してきた大丸心斎橋店を「不死鳥=フェニックス」となぞらえ、また次の100年も大きく羽ばたくことができるよう願いを込めて大丸心斎橋店にゆかりのあるアーティストたちが作品を制作。『ひとます美術館〜未来へはばたくフェニックスの饗宴〜』として、5月29日から6月25まで館内随所に展示しました。出展者の一人、デザイナー・絵本作家であり、2025年大阪・関西万博公式キャラクター、ミャクミャク生みの親である山下浩平さんと一緒に、それぞれのアーティストの個性が光るフェニックスアートを巡りました。
自身の作品が息づく
1階のショーウィンドウへ。
「僕が実際に観に来たのは今日が初めてなのですが、友人や知り合いの方々が来てくださったようです。先ほども、僕が大丸心斎橋店で『キャラクターデザイン・ワークショップ』をしたときに参加してくださった方が、観に来てくださっていたようでした」
現在東京在住の山下さんはそう言いながら、大丸心斎橋店のシンボルである孔雀のレリーフがある心斎橋筋側中央出口を挟むように、向かって右側に『不死鳥・Rebirth』、左側に『不死鳥・Reborn』を配し、まるで阿吽のように対になったフェニックスアートの前に立ちました。
今回、大丸心斎橋店300周年の記念キャラクターとして、マンガ界の巨匠、手塚治虫さんの代表作品『火の鳥』とコラボしていますが、山下さんも手塚治虫さんには大きな影響を受けたそうです。
「実は、手塚先生とは、小学生のときに2、3回お話したことがあるんですよ。先生が神戸や宝塚の百貨店にイベントなどでよく来られていたことがあって。兄についてよく見に行っていて、「また来たのかい」という感じで(笑)、覚えてくださっていて。少しお喋りもしたんですよ」
手塚治虫さんの作品はほとんど読んでいる山下さん。今回、大丸心斎橋店から「フェニックス」というテーマを受けたとき、やはり真っ先に『火の鳥』が思い浮かんだそうです。
「『火の鳥』は、命というものに対する解釈が一編一編違っていて、“再生と復活”の表現をいろんな形で知った、今読んでもすごい作品。フェニックスの物語を紐解くと、ストーリーのベースには神話などもある。“再生と復活”を考えたとき、僕はスカラベという生き物のことも頭に浮かびました」
スカラベとは日本で言うフンコロガシの一種。ポプラ社から出版されている『ファーブル先生の昆虫教室』シリーズの絵を担当した山下さんにとって、飼育したこともある、とても好きな昆虫だそう。
「エジプトではスカラベは、糞の中から新しい命が生まれることから、王家の墓の装飾品のモチーフにされるなど、再生・復活のシンボルなんですね。今回はフェニックスを描いたんですけど、スカラベみたいなものがあってもいいなとか、いろいろなものを想像して、“再生と復活”をどう絵にしたらいいのか考えました」
大丸心斎橋店が300周年を迎え、古いものも大切にしながら新しく生まれ変わることも踏まえ思い浮かんだのが、作品を一対でつくるということでした。
「対で描かせてもらったのは、ストーリーになるようにしたかったからです。役目を終えようとしているものが火の中に飛び込んで再生し復活するというのがフェニックスの物語のひとつなので、それを描きたかった。右側のフェニックスは、炎の中に飛び込む熟した生命の姿、左側は若くて元気よく息づいた生まれたての命という感じで」
そして、対となる作品を生かすために、山下さんは1階のショーウィンドウでの展示を望みました。
「ショーウィンドウを手がけたことはこれまでなかったのですが、実は高校生の頃からすごくあこがれていて。それもあって、大丸さんから『どのフロアでやりたいですか?』と聞かれたときに、普段はあまり図々しいことは言わないのですが(笑)、このときだけはショーウィンドウをお願いしてしまいました」
ショーウィンドウに展示された山下さんのフェニックスアートを観ると、カラーリングなど、ミャクミャクをどこか思い起こさせるものとなっています。
「大阪・関西万博が終わった後、ミャクミャクのファンの方といろいろ話をする中で、新しいイメージも観たいということを結構おっしゃってくれて、自分も何か描きたいと思っていました。これはミャクミャクではないですが、フェニックスの羽の丸い模様が、ある種生き物の擬態のように目玉に見えるように描くことで、イメージがなんとなく紐づいて面白いんじゃないかなと思っています」と山下さん。
作品のキーカラーも、最初はオレンジ色などを考えていたと言う山下さん。大丸心斎橋店とも相談して、最終的に赤と青と白で仕上げました。
「ストーリーもどこかでつながっていれば楽しいかな、パラレルというか、2025年に万博が終わって、ミャクミャクもそのまま続いていくだけじゃなくて、その中に進化も必要だろうから。そういう意味でも一度役目を終えたものが蘇って新しいものを創りだしていく。このフェニックスアートをきっかけに、また新しいキャラクターを生み出していければいいなと思っています」
他アーティストの作品を観に、
各階の「ひとます美術館」へ。
自身の作品に続いては、本館4階フロアにあるドナルド・ロバートソンさんの作品『High Fashion Phonix』へと向かいました。今回7人のアーティストに描いていただいたフェニックスアートは、チャリティオークション(現在終了)に出品し、売上金は全額、「社会福祉法人 大阪市社会福祉協議会 地域こども支援ネットワーク事業」を通じて、大阪の子どもたちの芸術活動に寄付する予定です。
ドナルド・ロバートソンさんは、アメリカ在住のポップアーティスト。ファッションを中心にした洒脱な作風で世界的に活躍し、大丸心斎橋店では、2019年のリニューアルオープン以来、館を彩るイラストを描いてくれています。
「それぞれのフィールドで、自分が何を見せるかということで、アーティストたちがそれぞれのフェニックスの解釈をしていて面白いですね。こちらは、人、ファッションから入っているんですね」と山下さん。
そして、エスカレーター前にある「ひとます美術館」の展示スタイルについても感心された様子です。
「原画もそうですけど、360度見ることができるディスプレイのアイデアがすばらしいですね。大丸心斎橋店の装飾担当の段野正夫さんは、僕がここでワークショップをしたときも、椅子から机までつくってくださって感動しました。来てくださったファンの方もものすごく喜んでくれていて。小さなお子さんが多かったですけど、環境がすばらしかった。今回のショーウィンドウも担当してくれて、とてもスムーズに進みました」
2024年に大丸心斎橋店で『キャラクターデザイン・ワークショップ』をしたときにできた縁は、山下さんにとってもとても大切なものだと言います。
「今もつながっている人達がいるのですが、先月も神戸でワークショップをやったときに集まってくれて。そのときから応援してくれる方は僕にとってとても大事だし、ファンの方とふれあえる機会は少ないので、とてもうれしいですね」
続いて山下さんが足を運んだのは、大阪生まれの87歳の絵描き、黒田征太郎さんがライブペインティングで制作した『イノチ達が育つ宇宙』です。
※黒田さんのライブペイントの記事はこちら。(※別ウィンドウで開きます)
山下さんは、正面からこのフェニックスアートを観たあと、キャンバスの裏側に周り、そこに何か書かれているのを見つけました。
●この絵のイメージです。
イキテゆこうとする
若いイノチ
そしてイノチ達が
育つ宇宙です
すこし荒々しいですが
力を感じて
もらえれば……
黒田征太郎さん自筆の、この絵に込められたメッセージです。
このメッセージを読んだ山下さんはこう言いました。
「作品は、フェニックスを超えて命そのものにも見えますね。キャンバスの裏に書かれた黒田さん自筆のメッセージを読んで、これも含めて作品なんだなと感じました。アートというのは、すべて理解する必要はなくて感じればいいと思うのですが、この言葉で理解できたような気がします」
ここで、山下さんはフェニックスアートの前に設置されている「300周年ステッカーラリー」にも注目しました。各階にまたがる「ひとます美術館」の展示の前に8カ所ステッカー台が置かれ、大丸心斎橋店に関するステッカーを1枚ずつ集めながら楽しめるカードを用意。貼り重ねていけば、自分だけの小さなアートが完成するという企画です。
「ここには手塚先生の『火の鳥』のステッカー!これはいいですね。大丸さんの意匠も素敵です。このラリーはやりたくなります」と山下さん。
エスカレーターを上がって、次の「ひとます美術館」では、ロブ・ライアンさんのフェニックスアートがお出迎え。ロブ・ライアンさんは、緻密で繊細な切り絵アートで知られるイギリス人アーティスト。大丸松坂屋のクリスマスのメインビジュアルの切り絵を長年手がけています。
「この作品はWEBで紹介されているのを見ていたのですが、現物を見ると迫力が全然違うし、メッセージ性がありますよね。地球をフェニックスが包んでいるんだと思いますが、見ようによってはリンゴかなと思ったり。ということは、最初の人類であるアダムとイブにつながる?…と、いろいろと想像が広がります」と山下さん。
「地球の中にある炎は争いや、何かエネルギーを表しているのかな?」とライアンさんが作品に込めた想いに馳せるように、作品の前で佇んでいた山下さんでした。
続いてのフェニックスアートは、グラフィックデザインやインスタレーションなど、さまざまなカタチで、“アートを通して「LOVE yourself!」を世界に伝える”を標榜する表現者、SHIRACO WORLDさんの作品です。
印象的なのが、作品の周りに巻かれた菱形金網。これはSHIRACO WOLDさんが縁あって、菱形金網を専門でつくる東大阪市の共和鋼業株式会社とコラボしてできあがったものです。今回、大丸心斎橋店としては初めて、鉄鋼業界専門誌2誌から取材を受けたという異色のカップリングです。
「これは大作。インパクトがすごい!チャリティーオークションだったら、美術館しか落札できないんじゃないですか」と山下さん。実際には、作品全体ではなく、土管型の作品のみがチャリティーオークションに出品されました。
土管型の作品を覗きこんだ山下さんは、「すごく凝っていて緻密に入り組んでいます。観る場所によって見えてくるものが違うのが面白くて、覗くという行為も含めて作品となっているんですね」
「D-WALL」でも
火の鳥が羽ばたいて。
本館5階から6階へと向かう際、エスカレーターに乗りながら、山下さんは傍らにある幅4m×高さ50mの大型インスタレーション「D-WALL」で展開する300周年バージョンのデジタルアートに目を留めました。
「すごい、羽ばたいてますね。これはまさに手塚先生の『火の鳥』。このシルエットと動きだけで手塚先生のものだってわかるのは、キャラクターの力ですよね」
続いて訪れた佐伯和良さんのフェニックスアート。佐伯さんは、大丸心斎橋店の元装飾担当で、2003年にフリーのVMDディレクターに。2019年以降、大丸心斎橋店の干支アートを毎年描き続けています。
「絵の前に一脚の椅子が置かれていて、なぜだろう?と思いましたが、VMDを担当されていた方と聞いて、なるほどと思いました。フェニックスの絵を見てるというひとつの視点なんですかね。静かに見るイメージを醸し出しますよね。椅子を見たとき、作品を空間でとらえる作家さんなのかなと思いました。今回のフェニックスアート、やはり作り手によって全然視点が違うのが面白いですね」
チャリティオークションに出品した最後のフェニックスアート鑑賞は、コシノヒロコさんの作品。コシノさんは、ファッションデザイナーとして60年以上世界的に活躍しながら、アーティストとしても活動。大丸心斎橋店でも2025年に個展を開いています。
コシノさんのフェニックスはゴールドで描かれていました。それを見た山下さんは、「フェニックスの絵とバックのゴールドに塗られた枝のシンクロが見事ですね。このゴールドの枝は塗るのに大変だっただろうなぁと思いました。美しいです」
駆け足で鑑賞してきましたが、以上7名の作家によるフェニックスアートがチャリティオークション(現在終了)に出品され、未来を担う子どもたちの芸術活動に活用されます。
子どもたちといっしょに
何かをつくるということ。
そして、山下さんには、黒田征太郎さんがライブペインティングをした同じ日に、20人の子どもたちといっしょに4つのフェニックスを描いた作品を観てもらいました。(※こちらの作品はチャリティオークションには出品されておりません)
※黒田さんのライブペイントの記事はこちら。(※別ウィンドウで開きます)
「先ほど観た黒田さんの『イノチ達が育つ宇宙』と比べると、よりフェニックスらしいですね」と山下さん。「ここは、手で描いているんですかね」と子どもらしさの痕跡も感じながら、黒田さんと同じように、子どもたちとワークショップをする楽しさについて語ってくれました。
「僕も大人向けの講演依頼をいただくこともあるのですが、苦手意識があり(笑)、ほとんどお断りしてしまっていて。でも子ども向けのワークショップは定期的にやらせていただいています。今回のチャリティオークションの売上金が子どもたちの芸術活動に使われるとお聞きして、僕も賛同させていただきました」
絵本も多数つくられている山下さん、子どもに向けて何かをつくる、子どもといっしょに何かをつくる魅力というものはあるのでしょうか?
「デザインの仕事を続けている中で、大人向けに何かをつくることが簡単なわけじゃないけど、大人のニーズというのは、解析してゆくと大枠は見えてくる。でも子どもってそういうのが全然通じないじゃないですか。絵本などをつくるとき、そういう難しさはあります。子どもたちの純粋な反応には、これが流行ってるからというようなことが通じない。だから挑みがいがあるし、手応えがあるとめちゃくちゃうれしい。それが子ども向けにつくる、いっしょにやる魅力ですね」
万博、ミャクミャクのこと、
そしてフェニックスのこと。
館内のフェニックスアートを観て巡ったあとは、山下浩平さんにデザイン、万博やミャクミャクについてさらに話を聞くために、大丸心斎橋店本館5階にある「サロン・ド・テ・ヴォーリズ」を訪れました。
「実は叔父が1970年の大阪万博の建設に関わっていて、子どもの頃に当時の話をしてくれたんです。それを憶えていて。そういうことも、キャラクターデザインの応募をするひとつのきっかけになりました」
2025年大阪・関西万博の公式キャラクターデザイン募集に応募したきっかけを聞くと、山下さんはこう答えてくれました。
1970年の大阪万博の話が出たところで、シンボルとなった太陽の塔についても聞いてみました。
「太陽の塔にはもちろんインスパイアされました。高校・大学時代、太陽の塔はぼくにとってパワースポットだったんです。当時は気軽に触ることもできたので、何かでへこんだときには、お弁当を持って、あそこに一人で行って大樹にもたれるみたいにして半日過ごしたり、元気をもらっていました」
兵庫県立明石高等学校美術科、大阪芸術大学美術学科に在籍していた山下さん。絵を描くことは子どもの頃から好きだったのでしょうか?
「はっきり記憶しているのは、小学校5年生のときに絵で食べていこうと思ったんですね。父が転勤族で転校を繰り返していたこともあって、友達がなかなかつくれなかったんですよ。でも絵を描いていると、仲間ができたり。アニメやマンガが好きで、19歳のときに別冊マーガレットに応募して受賞したり。ずっと絵を描いていました」
11歳のときの夢と目標が叶い、山下さんは20代で絵を描くことやデザインすることを仕事にし始めます。
「当時はイラストレーションのブームがあって、それに憧れたりしました。だけどそれだけじゃ食べていけないから並列してデザインの仕事をたくさんして。30代ぐらいから、自分がかわいいなと感じて描いたものを人が好きでいてくれるというのがわかってきて、デザインだけじゃなく、絵も仕事にできるのかなと。でもそれだけで食べていくのはなかなか大変なので、物語をつくろうと40代ぐらいから絵本をつくるようになって。今もいろんな引き出しを増やしながらやっているという感じですね」
“かわいいもの”という言葉が山下さんの口から出てきました。ものづくりにおいて、“かわいい”はやはり重要なファクター?ミャクミャクもかわいいと大人気でしたが…。
「最初は気持ち悪いとか言われたりもしたんですけど(笑)、万博が始まると、かわいいと少しずつ言ってもらえるようになりましたね。世の中はきれいなことだけではないことを大人になった僕たちは知っています。でも子どもたちには、やっぱり「楽しいこと」を伝えたい。そういう意味で、“かわいい”は、ポジティブなメッセージになると思うんです。ミャクミャクがかわいいところまでいけたのは、やっぱり万博で、あの会場の不思議なエネルギーがあったから。公募の時、いろんなキャラクターのデザインを考えてはいたんですが、最終的にはロゴマークをほとんどそのまま顔にして、それがなぜか選ばれました。受賞後、そこから30種類のポーズを描いたり、着ぐるみに落としこむときの設計には、シルエットだとか、とにかくかわいくなるようにむちゃくちゃ努力したんですよ。おなかはぷっくり、おしりは丸く、しっぽが大きくゆれるようにしたり(笑)」
山下さんの努力もあってかわいくなったミャクミャクは大人気となり、大阪の街の中で今も脈々と受け継がれています。
「万博が終わっても、街でミャクミャクを見かける状況はうれしいですよね。東京よりも大阪のほうがやはり余韻は強くて、このカフェのショーケースにも飾られていましたしね。前の万博で太陽の塔がレガシーとなって、今回は大屋根リングがそのまま全て残れば一番よかったのでしょうが、一部しか残せないとのことなので、その役割の一部をミャクミャクが担っているのかな。これから先も、このキャラクターが皆さんの記憶のどこかに残ってくれたらうれしいですね(笑)」
万博の余韻がまだ続いている大阪の大丸心斎橋店で展示されたフェニックスアートは、山下さんにとってはどのような意味があったのでしょうか?
「万博が終わって、あれだけのエネルギーをどうつないでいくか。そういうものを表すときに、大阪で、しかも大丸心斎橋店のショーウィンドウにこの絵を描かせていただけたことは、万博の会場にあったあのエネルギーが生まれ変わり、新たな姿でつないでいくというメッセージのひとつになったのではないかと思います。いいタイミング、いい場所、いいテーマで、こういう機会をいただけたことは本当に光栄です。一対の作品の中に“再生と復活”の物語を表現できたことに、すごく意味がありました。フェニックスのお題をもらったときに感じたインスピレーションをそのままに、この絵を描いたことで、自分の中にも新しい創作のイメージが生まれたことを嬉しく思います」
火の中に飛び込んで、命を蘇らせるという不死鳥(フェニックス)。大丸心斎橋店300周年記念で個性豊かな7人のアーティストたちが、息吹を感じるフェニックスアートを創造してくださいましたが、2025年大阪関西万博の公式キャラクターもフェニックスとして新たに蘇り、ショーウインドーで羽ばたいたのかもしれません。
山下浩平|デザイナー・絵本作家
1971年 熊本生まれ、神戸市育ち。兵庫県立明石高校美術科、大阪芸術大学美術学科卒業。グラフィック、キャラクターを軸にさまざまなデザイン制作を行いながら、「やましたこうへい」名義で、絵本や児童書の創作を行う。主な著作に『きょうりゅうゆえんち』(ポプラ社)、『おばあちゃんとかめ』(KADOKAWA)、『ミャクミャクと…ミャクミャク誕生ものがたり』(フェリシモ)などがある。2025年日本国際博覧会の公式キャラクターデザイン最優秀賞受賞。ミャクミャクのキャラクターデザイン、イラストレーション、コンセプトを制作。デザインガイドや、プロフィール設定、着ぐるみの設計などに携わる。2024年に大丸心斎橋店で開催した「キャラクターデザイン・ワークショップ」をはじめ、子ども向けのワークショップもおこなっている。
※今回掲載の内容は2026年7月27日現在の情報を掲載しています。
写真/岡本佳樹 取材・文/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 編集・プロデュース/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
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