絵を描き続ける黒田征太郎さんが
未来を担うみんなに伝えたいこと。
黒田征太郎|絵描き
今年、心斎橋の地に開業して300周年を迎える大丸心斎橋店。「ずっと、あきない。」というキャッチフレーズのもと、館では年間を通して記念イベントが目白押しです。6月は「アート」がテーマで、大丸心斎橋店にゆかりのあるアーティストたちが「フェニックス」をモチーフに作品を制作、館内随所に展示しています。この一環で、5月30日(土)には、御年87歳で今も現役で絵を描き続ける黒田征太郎さんが登場するイベントを開催しました。子どもたちとのライブイベント、ご自身のライブペインティングという2部構成で行われた当日の模様をレポートします。
午前中は子どもたちと
みんなでライブペイント。
黒田征太郎さんは、大阪で生まれ、16歳のときにアメリカ海軍の船員に。業界の第一人者であるグラフィックデザイナー・早川良雄に師事し、その後ニューヨークにアトリエを構えるなど、これまで長きにわたって国内外で活躍しているアーティストです。大阪では、初代FM802のロゴのデザイン、心斎橋・アメリカ村の壁画『PEACE ON EARTH』を手がけたことなどで知られ、87歳となる今は、北九州市・門司港にアトリエを構え、絵を描き続けています。
※黒田さんのことをもっと知りたい人はこちら(※別ウィンドウで開きます)からご確認ください。
そんな黒田さんと、まる1日大丸心斎橋店で絵と遊ぼう!と企画された今回のイベント。午前中から行われたのは、「黒田征太郎と子どもたちと」。事前募集に応募した多くの希望者の中から、抽選で選ばれた20人の子どもたちが、5人ずつ4回に分かれて、4面の白いキャンバスに、黒田さんといっしょにフェニックスを描いていこうというものです。
午前11時、大丸心斎橋店本館8階エスカレーター前に設けられた特別会場で、早速第1回目、Aグループのペインティングが始まりました。
「絵を描くのにルールはないから、自由にどんどん描いていってください」という運営スタッフの声に、5人の子どもたちが筆を持ち、それぞれが好きな色の絵の具でキャンバスに描いていきます。
子どもたちが少しキャンバスに彩りを添えてくれたあとに、黒田さんが登場しました。
「というわけで、ぼくも描いていきます。気がついたら今87歳です。絵のようなものを描くのが大好きです。あまりどんな色にするか考えすぎず、直感的に描いていきます」
そう言いながら、クレヨンを手に取り、子どもたち混じってキャンバスに向かいました。
子どもたちの絵の続きを描くように、クレヨンで線を伸ばしていく黒田さん。しばらく描いたあと、たくさん集まった観客のほうを向きながら次のように言いました。
「こうやって見ていただくと、87歳のおじいさんと子どもたちの差はあまりないでしょ?差があると思うのは頭の硬い人で、なんでも差をつけたがる。その結果どうなるかというと戦争が起こったりしますね。僕は、戦争は反対です」
真剣な表情で描き続ける子どもたちに、「絵の上に絵を重ねてもいいよ」と言う運営スタッフの言葉を聞き、すかさず「重ねてもいいよね!」と言いながら筆を動かす黒田さん。5人の子どもたちと時折話をしながら、さまざまな色を重ねていきます。
「いろいろ子どもと相談しながら描いています。87歳のおじいさんと小さい子どもたちが相談する。もう友だちになっていますね」
一体となって夢中でキャンバスに向かう黒田さんと子どもたち。黒田さんはピンクの絵の具でフェニックスの絵やハートなどを描きますが、その上からもどんどん絵の具が塗り重ねられていきます。
会場には、レゲエミュージックがずっと流れていましたが、「音楽が僕らの味方になってるでしょ! 音と絵がいっしょになっています」と黒田さん。87歳と子どもたち、音楽と絵が交じり合いながら、キャンバスはどんどん塗りつぶされていきました。
約20分が経過して、Aチームの制作は終了。黒田さんも子どもたちも満足げな表情で記念撮影をしました。
今度は黒田さんが
先にフェニックスを描いて。
2回目のBチームが制作を開始するにあたって、キャンバスがぐるっと90度回転し、再び真っ白なキャンバスが現れました。今度は子どもたちより先に、黒田さんが描き始めました。
「じゃあ描くね。イェーイ! 気持ちいいよ!」
キャンバスの上部から赤い絵の具をつけて筆を動かし始める黒田さん。翼がどんどん広がっていき、鳥を描いているようです。
鳥の絵が完成すると、運営スタッフに絵の具が入ったボウルに水を入れてくれるよう頼む黒田さん。
「もっと!もっとくれー。まだ!もっとあるんちゃうん?」とたっぷりと水を入れてもらいます。
たっぷりと水を含んだ絵の具を筆につけ、キャンバスの最上部にドットをつけていく黒田さん。赤い丸からは絵の具が滴り落ちてきました。
「はいフェニックス!イェイ!上から下に水が流れるチカラを利用して、僕だけじゃなくて、絵の具にも勝手に描いてもらいました」
黒田さん流フェニックスの完成です。
「この絵に子どもたちがプラスして描いていってくれたら面白いと思います。いろんな色を使って描いてちょうだいよ。よし、いっしょにやろうよ!大丸フェニックスをつくろう!おいで!」
黒田さんの力強い呼びかけに、子どもたちも元気よくキャンバスの前へと向かいます。
ミントグリーンの絵の具を選んだ子どもがまず描き始めました。そしてピンク、水色……、子どもたちがそれぞれ好きな色をフェニックスに重ねていきます。「どこに描いてもいいよ。声出して歌いながらいこう!子どもは元気なほうがいいから」
椅子に座って、しばらく子どもたちが描くのを見ていた黒田さんは、おもむろに筆を持って立ち上がり、先ほど完成したAグループの絵の上になにやら描き始めました。
完成したのは、こちらもフェニックス。ブルーとピンクを色調とした絵に、赤いフェニックスが映えます。
大胆にフェニックスを描く黒田さんの足元では、なんと1歳半のお子様もペインティングに取り組み中。「描く」ということは年齢に関係なく、本能的に人を夢中にさせる魔力のようなものがあるのかもしれません。
Aチームの絵を完成させたあと、再びBチームの子どもたちに加わった黒田さんは、いっしょにフェニックスの絵を仕上げました。白い余白とフェニックスと淡い色合いが絶妙に混ざりあった作品が完成です。
最年長の11歳の女の子が
ダイナミックにペインティング。
3回目のCチームでも、まずは黒田さんがキャンバスに向かいますが、最初に描いたのは絵ではなく文字。「トベ フェニックス」という言葉が、キャンバス右上に記されました。
さらに黒田さんは、同じグリーンの絵の具でフェニックスをキャンバス全面に描いていきます。できあがったところで、欠席者があり3人で参加するCチームの子どもたちにあとを託します。
Cチームには、今回最年長、11歳の大阪在住アメリカ人の女の子も参加。長身を生かして、キャンバスいっぱいにダイナミックにグラフィック。ブルーの曲線とハートが描かれます。
彼女の絵に刺激されてか、ほかの2人もより積極的に大胆にキャンバスに向かいはじめます。
小さな女の子が、絵の具を自分で練り混ぜ、こってりとしたベージュの絵の具で描いた絵は、まるで黒田さんが描いたフェニックスのようにも見えました。
黒田さんが描いたフェニックスの周りを、さまざまな色で塗りつぶしたアメリカ人の女の子は、今度は小さな刷毛で、絵の具をシュッシュッと飛ばしながらキャンバスにアクセントを加えていきます。
それを見ていた黒田さんも、「面白いですね。絵の具が自然に描いてくれる」と感心していました。
終了の時間がきて、Cチームの迫力のある作品が完成。最年長さんは「とても楽しかったです」とうれしそうに話してくれました。
「これでいいんじゃないでしょうか」と、黒田さんも満足気です。
フィニッシュは、みんなで
手を使ってペインティング。
いよいよ最後のDチームのペインティングです。今回も黒田さんは、先に水色の絵の具で、フェニックスをキャンバスいっぱいに描きました。
5人の子どもたちが、その上から色を重ねていきます。傍で見守る黒田さんは、「大勢の人が見てる前で、大人と子どもがいっしょに絵を描いているのは不思議なものです。いっしょになって、お互いが迷いもなく描いているというのは貴重です。大丸さん、ありがとう!僕は子どもたちに教えているつもりはまったくなく、逆に忘れていたことを思い出させてもらってるんです」
子どもたちに加わった黒田さんは水をたっぷり含んだ赤い絵の具で最上部を塗り始めました。絵の具は、また滴り落ちていきます。
制作も終盤にさしかかると、ある子どもが自分の手に絵の具をつけて、そのままキャンバスに押しつけ始めます。ほかの子どもたちもそれに反応して、手を使って描き始めました。そして黒田さんも……。
「面白いねえ。学校の授業だと、どうしてもお勉強になってしまうけど、こうやって自由にやっていいのが、絵のいいところです」
最後は、みんなの手が絵の具まみれになって完成!
記念撮影をしながら黒田さんは、「今日は子どもたちから、『面白かった』、『楽しかった』という言葉をいっぱいいただきました。これがその証拠です」と言いながらみんなでつくりあげた絵のほうを向きました。
4つのチームのペインティングが終わり、各チームならではのフェニックスができあがりました。
「それぞれ個性があって面白いですね。みんな楽しんでくれてたので、やってよかった。子どもたちは今日のことをきっと覚えていると思います。それで時々思い出す。それが財産!」
黒田さんと子どもたちが一体となったライブイベントが終了しました。
ジャズの音楽にノって
ライブペインティング開催!
休憩を入れて、午後からは本館4階の特別会場で、ライブペインティングを行いました。黒田さんは、ジャズミュージシャンの山下洋輔さんとセッションしたことを皮切りに、これまで近藤等則さん、憂歌団の木村充揮さん、斉藤和義さんなど数多くのミュージシャンとライブペインティングを行なっています。
子どもたちとのイベントにも増して、会場には多くの人たちが集まってくれました。黒田さんは、まずその人たちに向けて語り始めました。
「私が生まれたのは、大丸心斎橋店すぐ近くの道頓堀。それから西宮に移って、夙川から大阪のミナミが空襲で焼け落ちるのを見ていました。それからまあいろいろあって、87年目の人生を迎えてるんですが、ちょっと待てよ。87年目の人生なんて偉い人みたいけど、全然偉くないですよ。運よくいろいろなものを描いて、それで生きてこれたラッキーな人生だと思っています」
黒田さんは、さらに続けます。
「絵を描くことが大好きなだけで、別に偉い絵描きでもなんでもないです。話がいろいろ弾んでしまって、この大丸心斎橋店さんのこの場所で、世間でいうライブペインティングをやらないかということで、やることになりました。なにをするかというと、早い話、音楽にのって、87歳のおっさん…いやおじいさんが白いキャンバスの上に色をどうつけていくか、それだけです。じゃあやりますか、ね。やりまーす!」
元気いっぱいの黒田さんのスタート宣言に合わせて、軽快なジャズが流れ始めました。演奏は、毎月第3第4土曜日に大丸心斎橋店本館の地下2階「心斎橋フードホール」内で行われて好評の「DAIMARU SATURDAY NIGHT JAZZ CLUB」にも出演してくれたピアノの志水愛さんとベースの小林航太朗さんです。
ライブペイントでは、黒田さんはまず手に朱色の絵の具をつけ、豪快にキャンバスに塗りつけていきます。
キャンバスいっぱいに朱色が広がっていき、会場を埋めた人もじっと見守ったりスマホで撮影したり、音に合わせて絵が展開していくのを楽しんでいます。
朱色の次には黄色の絵の具を手に塗り、重ねて描いていく黒田さん。タオルで手を拭ったあと、今度は筆を持ち、あちこちに白い円を描いていきます。
その次に、黒い絵の具をつけた筆で、どこか、何かの細胞のようにも見える形を5つ描きました。
ジャズがスローな曲に変わり、膝でリズムをとりながら、再び手を使って白い絵の具を広げていく黒田さん。ライブ中はほとんど語ることはなく、制作に全力集中です。
キャンバス一面に白いスペースの面積が増えてきたところで、細胞のようなものの輪郭をまた黒でなぞっていき、その周りをロイヤルブルーの線でつないでいきます。
終盤、ジャズの曲が再びアップテンポなものに変わったところで、ライブを見守る子どもに手を振る黒田さん。小さな黄色いドットを加え、7つの大きな赤い丸の中に細い筆で線を入れました。
最後に、右下スミに「KU」とサインを入れて、大丸心斎橋店のスペシャルライブペイントの作品が完成しました。
ライブペインティングを終えて、
黒田さんが伝えたかったメッセージ。
「なんか、できてしまったみたい」
笑いながら、こう言う黒田さん。仕上がりに満足そうです。
「ライブではいつもはもっと悪戦苦闘するんですけど、楽に描けました。87年間生きてきたら、こんなこともあるんやね。僕はこういうのが一番望みです。変な気も使わなかった。ほんとにお世辞でもなんでもなくて、大丸さん、おおきにー!」
会場から大きな拍手が巻き起こりました。
黒田さんは、さらに言葉を続けます。
「ちょっとだけ調子に乗ったじいさんの話を聞いてください。絵を描くのって自由です。気ままです。文字だと制約などがあって、なんだかんだ縛られるでしょ。絵は縛りません。むしろ僕に関していえば、解放してくれるときがある。音楽もそうですね。僕は音楽と絵って、大自然がくれた人間への……なんというんですかね……、楽になれよ、しんどいのだけが偉いんちゃうでというメッセージみたいなもんじゃないかと思うんです」
「しんどそうなおっちゃん、おばちゃん、ようけいてますけど、それじゃなんにもできへん。そこでもここでも戦争ばっかり。戦争という2文字にルビをふれば“ヒトゴロシ”になるんちゃいます?やめようやないかというのを大人が声を出さなあかんのに出さへんから子どもらが迷ってしまってる。あかんと思いますよ……偉そうに言うてスンマヘン(笑)。でもこれだけは言いたかった」
戦争中の最後の国民学校に通っていた黒田さん。学校で算数の1+1=2と教えられたときに、「なんでこんな勉強してるんですか?」 と質問したら「バカ」と言われて学校を辞めたといいます。
「それから、ほとんどのことを世間で勉強させてもらった。16歳で船に乗っていました。スーパーきつかったんですが、当時の空と海がいろんなことを教えてくれました。それがいまだに僕のアイデンティティになっています。ここで宣伝を一発。当時の思い出を塗りこめた絵本を今度出します。タイトルは『第五福竜丸とぼく』。第五福竜丸というのは、広島・長崎と同じように被爆した、木造の遠洋マグロ漁船。そのお話を1冊の絵本にしました。おもろい本です。難しい本はつくりません。自然にもっと習おうやという本です。子どもたちのためにそういう本をつくっておいたら役に立つのかなと。かっこいいことを言ってますね」
そう言って黒田さんは、会場にいるお子様の一人とギュッと握手を交わしました。
「そんなこんなで久しぶりでたくさんの方がいらっしゃるところで描かせていただいて、今日はおもろかったです。ありがとうございました!ありがとう!終わりです!なんかありますか?ないですよね?バイバイ!」
再び拍手が鳴り響き、観客の中からは「面白い人やな」という声も聞こえてきました。
ライブペインティングを終えた黒田さんに、あらためて今日描いた絵でなにを表したかったのかを聞きました。
「生きているものと宇宙。命と宇宙ですね。まだまだ生きられる。生きているエネルギーが充満している、今日見てくれていた若い子たちを描いたつもりです。大人が考えてあげないとダメですよね。自分たちのことばかり考えてもダメですよね」
87歳の黒田さんが、若い人の未来や戦争のない世界への想いを込めて描いた一枚の絵が、大丸心斎橋店で誕生しました。
黒田征太郎|絵描き
1939年大阪生まれ。16歳のときにアメリカ海軍の船の船員になり、1961年からグラフィックデザイナー・早川良雄の事務所に勤務する。1966年渡米するが、帰国後の1969年に長友啓典とデザイン事務所「K2」を立ち上げ、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ賞を受賞するなど、国内外で幅広く活躍する。1992年に再びニューヨークにアトリエを構え、1994年には野坂昭如の『戦争童話集』映像化プロジェクト開始。2004年に「PIKADONプロジェクト」を展開。2009年に北九州市門司港に拠点を移し、ライブペインティングほかさまざまな創作活動を展開。2025年には初めての大型展覧会『黒田征太郎展 絵でできること』を北九州市立美術館で開催。
※今回掲載の内容は2026年6月25日現在の情報を掲載しています。
写真/竹田俊吾 取材・文/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 編集・プロデュース/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
300th ANNIVERSARY
開業300周年特設サイト
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絵と音と子どもにふれるイベントを開催!
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300周年記念イベントで華やぐ館を
心斎橋のエキスパートが巡覧!
橋爪節也|美術史家・大阪大学名誉教授