300周年記念イベントで華やぐ館を
心斎橋のエキスパートが巡覧!
橋爪節也|美術史家・大阪大学名誉教授
今年、心斎橋の地に開業して300周年を迎える大丸心斎橋店。「ずっと、あきない」というキャッチフレーズのもと、館では記念イベントが目白押しです。今回は、3月に本館1階から8階で実施され好評だった展示企画「ひとます博物館 〜ここにしかない百貨の軌跡〜」を中心に、大阪大学名誉教授であり美術史家の橋爪節也さんに300周年を体感していただいた様子をレポートします。『モダン心斎橋コレクション―メトロポリスの時代と記憶』(国書刊行会)などの著書もあり、幼少期を大丸心斎橋店近くで暮らしていた氏の、知識とユーモアにあふれたコメントをお楽しみください。
各階で展開された、300周年
記念展示を、1階から順に見学。
「1726年開業ということは、江戸時代中期の享保11年。時代劇では『暴れん坊将軍』で知られる第八代将軍徳川吉宗の時代です。本当は“暴れん坊”ではなかったのですが、吉宗は享保の改革で有名ですね。それから300年ずっと同じ場所にあったということはすごいこと。幕末の動乱や明治維新、大恐慌や戦争も乗り越え、いろいろな出来事が起きた300年間でしたが、大丸さんは大阪の発展を支え、心斎橋の街づくりにも尽力されてきました。立派なお店です」
大丸心斎橋店本館御堂筋側入口近くに設けられた「ひとます博物館」1階の展示を前に、橋爪さんは、まずは300年という途轍もなく長い時間、同じ場所で商売をしてきた大丸心斎橋店の偉業について感嘆します。
「ひとます博物館」とは、300年の歴史をさまざまな視点から紐解いていこうという展示企画で、1階から8階の各階エスカレーター前の約2帖ほどの“一マス(ひとます)”スペースを使って、3月6日(金)から4月1日(水)まで展開されていました。
「『ひとまず』展示したので、ひとます博物館かな?」と、とぼけながら展示ブースに近づく橋爪さん。
1階の展示は、「座売りの頃の店先」をテーマに、大丸心斎橋店の前身「松屋呉服店」が江戸時代から明治にかけて、顧客が畳の座敷に上がる様式で商いをしていた頃をイメージした展示です。
「天井のヴォーリズの意匠や御堂筋側入口に飾られているステンドグラスと相まって、とても興味深い展示となっています」と橋爪さん。
展示スペースには、江戸時代に実際に使っていて保管されていた暖簾や看板も飾られていました。
「この木の看板には“ごふく物”と書かれてますね。江戸から明治にかけてのものかな? 大丸のマークにまだ七五三の髭がないですから」
大丸心斎橋店の前身、松屋呉服店創業時から使われていた、大の字を◯で囲むおなじみのトレードマーク。“大という字は、一と人を合わせたもので、丸は宇宙・天下を示す”ことから、天下第一の商人であれという、創業者の下村彦右衛門正啓の志と決意が込められたと伝えられていますが、1913(大正2)年に、縁起のいい七五三の髭文字を商標登録しました。
300周年記念キャラクター、
手塚治虫『火の鳥』の「D-WALL」。
1階の展示を堪能したあとは、エスカレーターで2階へと上がります。傍にある幅4m×高さ50mの大型インスタレーション「D-WALL」では、300周年記念キャラクターとなった『火の鳥』が羽ばたくダイナミックなデジタルアートが展開しています。
「今回の300周年で『火の鳥』がキャラクターとして活躍してますが、大丸心斎橋店は、1918(大正7)年ウィリアム・メレル・ヴォーリズ建築事務所の設計で竣工したにもかかわらず、わずか2年後の1920(大正9)年に火災に遭いました。そして再びウィリアム・メレル・ヴォーリズに設計を発注するのですが、心斎橋口入口に飾るレリーフを、灰の中から蘇るといわれる不死鳥の図案をアメリカの会社に発注しましたが、なぜか送られてきたのは孔雀だった。本来はフェニックス—火の鳥になるはずだったのが、以降、ピーコックは大丸心斎橋店のシンボルになったわけです。それがこうやって約100年を経て甦るのはとても面白い」
橋爪さんは、美しく羽ばたく『火の鳥』を見ながら、孔雀と不死鳥のエピソードについて感慨深く話をしてくれます。
2階には、浪花(大坂)の百の景色を描いた浮世絵シリーズ『浪花百景』に描かれた大丸心斎橋店(当時は松屋呉服店)の展示がありました。実は橋爪さん。2020年に刊行された『原寸復刻「浪花百景」集成』(創元社)の編著者です。
「『浪花百景』は幕末期に、大坂名所を描いた浮世絵100枚を集めたものです。北御堂の近くにある『石和』という版元が刊行したのですが、その中に当時松屋呉服店だった大丸心斎橋店が描かれています」
展示されている『浪花百景 松屋呉服店』を見ながら、橋爪さんはさらに話を続けます。
「『浪花百景』は、歌川国員、南粋亭芳雪、里の家芳瀧の3人の歌川派の浮世絵師の合作ですが、これを描いたのは芳瀧。大丸の大きな暖簾に、“江戸傳馬町”と“名古屋本町”が記されているのは面白い。左側には大坂相撲の関取も歩いていますね。勝手に物語を想像すると、タニマチに着物をつくってもらいに関取が大丸に来て、『ごっつあんです』と言っている(笑)。女性が傘を差しているのは暑い季節で日傘なのかな。『浪花百景』には、この絵に加えてもうひとつ大丸が出てくる絵があるんだけど、それは後ほどお話ししましょう」と橋爪さん。
3階は「オートクチュールの歴史」の展示です。1953(昭和28)年には、「クリスチャン・ディオール」と日本で初めて海外デザイナーとの提携をし、1964(昭和39)年には、「ジバンシィ」と独占契約を結ぶなど、海外ファッションブランドとの関係が早くから構築されていた大丸心斎橋店。服飾学院を持っていた上田安子を顧問デザイナーに招き、海外での買い付けを担当。オートクチュールを製作していました。
「ファッションのことはあまり詳しくないけど、大丸心斎橋店は呉服屋さんから始まっているから、戦前からファッションを気にかけて、先取りしていたんでしょうな。心斎橋周辺は20年前ぐらいからブランドショップが急激に集まっていますが、ブランド街の源流はここにありといったところでしょうか。東京より大阪のほうがブランドの基幹店が心斎橋に集まっているので、回遊しやすいって聞いたことある。僕なんかは全然足を向けないけれど(笑)」
百貨店内を練り歩く、
纏いと太鼓の迫力を体感。
3階の展示を見ているときに、何やら階下からお囃子の音が聞こえてきました。これは、取材日の3月8日(日)に限り行われた行事「纏いと太鼓の奉納」。大丸創業者である下村彦右衛門正啓が崇敬していた京都東山の瀧尾神社によるもので、大丸心斎橋店本館の1階から3階、5階へと、宮司さんを先頭に、印袢纏を着た約20人が太鼓を回したり笛を吹きながら練り歩きます。館内のお客様がスマホを向けたりスタッフも拍手をしたりで大盛り上がりです。
「百貨店の中でこういう儀式が行われるのはいいもんですなあ。300年もの歳月を、ようがんばらはったなあ、とねぎらっているみたいです」
橋爪さんは、練り歩きを眺めながら、大丸と神社との歴史に思いを寄せているようです。
にぎやかな「纏いと太鼓の奉納」を見終わったあとは、4階へと向かいます。ここには、先ほど2階で見た『浪花百景 松屋呉服店』のほか、佐藤保大『浪華下村店繁盛之図』、歌川国貞『大丸呉服見世店頭の図 三美人の図』の3つの浮世絵が映像として動く仕掛けとなっています。
「これは江戸の浮世絵師・国貞が描いているからお江戸の大丸やね。この着物は江戸の女性の着物。今も東京と大阪だと着ているものは少し違うでしょ。顔もちょっと細くて江戸風です。動く浮世絵がもっといろいろ動いたら、外国のお客さんなどは喜ぶやろうねえ」と、動く『大丸呉服見世店頭の図 三美人の図』を見た橋爪さん。
5階に上りますと双六の展示がありました。
「左端に大正元年と記されてますね。こういう双六は、お正月用にと年末年始に配るもので、いろんな種類があります。ここに展示されているような芝居関連のものが多くて、忠臣蔵などいろいろあります。昔はこういうとても豪華な配りものが多くて、僕はこの本に載っているメリーゴーランドも持っていますよ」
そう言って、橋爪さんは持参してくれた『モダン心斎橋コレクション』をおもむろにバッグから取り出して、大丸心斎橋店が出していたペーパークラフトのページを指差します。
「これは、梅田—大丸開通記念につくられた、回すと地下鉄が走るメリーゴーランド。1933(昭和8)年に梅田—心斎橋間の地下鉄が開通し、翌年に今みたいに地下通路で駅と大丸がつながった。だから梅田—心斎橋開通記念ではなくて、梅田—大丸地下鉄開通記念と記されている。地下鉄と店が直接つながったということで、大丸は誇らしかったんでしょうなあ」
『モダン心斎橋コレクション』に載っている大丸心斎橋店のことは後ほど詳しく聞くことにして、続いて6階へと向かいます。このフロアではエスカレーターの東側と西側で異なる展示がされていて、東側では引札が展示されていました。
「引札というのは折り込み広告、チラシですけど、大阪は非常に盛んで、全国に向けて引札を制作する印刷業界が集まっていた。これは大丸最古の引札ということなので、文字だけで地味な感じがしますけど、明治時代になったら絵が入るようになり、ずいぶん華やかになります。この引札には、 “大坂心斎橋南弍町目 せいなんのかど”と“げんきんかけ祢なし”と書かれていますな」
エスカレーターの反対側に回ると、大丸心斎橋店の商いの礎ともいえる外商の歴史がわかる展示がされています。
「こちらは立派な荷車を展示していますが、もっと昔の外商部隊さんは、こんな感じで商売されてたんとちゃうかな」
そう言って橋爪さんが見せてくれた絵は、『浪花百景』のひとつである「川口雑魚喉場つきじ」。現在の大阪市西区の川口あたりを描いたもので、先ほど橋爪さんが言っていた「もうひとつ大丸が出てくる絵」です。
「江戸時代、蝦夷からやってくる北前船がここに着きました。木津川と安治川に分流する三角地帯です。手前が今の江之子島で、対岸に大坂に入ってくる船を管理する船番所が置かれた。今の住友倉庫があるあたりですね」と橋爪さん。
「このあたりは船員が遊べる場所でもあったのですが、黄色いアイヌの伝統衣装・アツシを着ているのはおそらく船頭で、北前船の船頭は大体これを着てたらしい。風呂敷には“丸に大”、“丸に松”の紋が描かれているので、松屋の屋号もあった大丸の商人が、反物を風呂敷に包んで背負って外商したんやと思います。今の中之島には蔵屋敷がたくさんあったのですが、そこにもこんなふうに足を運んで、『今度お国へ帰られるそうですけど、奥様にこんなお着物はいかがですか?』みたいな感じで外商してたんちゃうかなあ」
橋爪さんの言葉に、遠い昔の大丸外商員の姿が目に浮かぶようです。
幼少期によく眺めていた
屋上の「大」マーク看板。
7階と8階では、広告販促の歴史の展示がされていて、館内案内リーフレットや販売促進ツールなどが置かれています。
「大丸の絵葉書は結構持っていて、ここに展示しているものもありますね。この『全館完成店内御案内』は、別バージョンを持っているので、あとでお見せします」と橋爪さん。
8階では、日本初の百貨店こども館「ブルジョン」として1970(昭和45)年に竣工した南館オープン時の広告や各階案内図・オープン当日の店内写真なども展示されていました。
「大阪万博が開催された年に『ブルジョン』ができて、そのとき私はもう中学1年生になっていたのでそれほど訪れてはいないのですが、4階と7階で本館と南館がつながっていた空中廊下というのは珍しかった。懐かしいなあ」と当時を振り返る橋爪さん。
そして8階の展示スペースでは、大丸心斎橋店のシンボルのような、南館の屋上に掲げられている「大」マーク看板を設置し、フォトスポットとなっていました。
「私が小さい頃、自宅が大丸心斎橋店から清水町筋を真っ直ぐ東に800mほど行ったところにあったので、大丸の『大』マーク看板はよく見ていました。家から真西の方向にあるので、春分の日は看板あたりに夕陽が沈むのが見ることができてすごくよかったですよ」
橋爪さんにとってなじみ深い「大」マークを近くから見ることができるということで大丸心斎橋店7階のテラスに出ると、「大」マークとともに水晶塔も間近にふれられることに橋爪さんは驚かれたようです。
「昭和8年に大丸心斎橋店が全館完成し、この水晶塔もできたのですが、当時御堂筋が拡張されていて、大阪駅や船場から歩いたり、モダンの象徴みたいな自動車で来たら、この水晶塔がよく見えて相当目立っていました。それまでは堺筋が大阪の第一の幹線道路-目抜き通りで、三越、白木屋、長堀高島屋、松坂屋が並んでたっている百貨店通りだった。昭和10年にそごうが建ったことで、御堂筋が百貨店通りになっていきましたね。大丸心斎橋店のヴォーリズ建築は、細部にイソップ物語などの動物のモチーフをいろいろと忍び込ませていますが、大枠で見たら全体のデザインは幾何学的な模様の集まり。対する隣のそごうは村野藤吾が設計し、シンプルな縦のストライプをベースにしていて、2つの建築の造形性の違いが対照的で面白かった」
貴重な資料を見ながら、
大丸心斎橋店の歴史を深掘り。
駆け足で「ひとます博物館」を見て回りましたが、貴重な資料や書籍を持参してくれた橋爪さんの話をもっと聞きたいと、大丸心斎橋店本館5階にある「サロン ド テ ヴォーリズ」で腰を落ちつけることにしました。
窓から見える心斎橋の街を見ながら、「この風景よろしいなあ」とひと言つぶやいたあと、橋爪さんは早速著書『モダン心斎橋コレクション』について話をし始めました。
「今の大阪中之島美術館の前身、大阪市立近代美術館(仮称)の学芸員だったときに、心斎橋の出光ナガホリビルにあった『出光美術館』が撤退したあとに、大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室を開設し、2005年に『モダニズム心斎橋 近代大阪/美術とシティライフ』展を開催しました。展示室の室内だけでなく、大丸をはじめとする心斎橋筋そのものも屋外展示品に見立てた、いわゆる“エコ・ミュージアム”としての展示会です。そのときに心斎橋に関する資料をいろいろ集めたんです」
そのときの展示や資料を集大成したのが、橋爪さんの著書『モダン心斎橋コレクション』。オールカラー・273ページに、とても貴重なグラフィックがたっぷり詰まった名著です。その中で26ページを割いて大丸心斎橋店が紹介されています。そこに「美しき人生、美しき生活、美しき宣伝—PR誌『だいまる』のエレガンス」というページがあり、大丸心斎橋店が昭和初期に発行していた広報誌が掲載されています。橋爪さんはこの『だいまる』の実物を数冊所蔵されていて、この日持ってきてくれました。
「『だいまる』のデザインセンスはとてもいい。表紙は、オーストリアの画家、グスタフ・クリムトが主導したウイーン分離派風できれいでしょ。ページをめくると大丸心斎橋店の建物の物語があったり、商品の説明もあるけど、文人のエッセイなども載せている。美術展案内が載っていますが、美術館があまり整備されてない時代は、展覧会は百貨店で開催されていた。奥付けを見ると、昭和2(1927)年発行となっているから約100年前。表紙の絵は森脇高行さん。大丸の図案家です。この頃から大丸心斎橋店はアートや文化にも力を入れて、トップレベルだったんですな」
続いて、こちらも橋爪コレクションである2つの案内リーフレットについても解説してくれました。
「先ほど7階の『ひとます博物館』にも展示されていましたが、昔の館内案内リーフレットです。大正末に発行された『新館御案内』には、地下鉄への通路はなくて屋上遊園地が描かれていますが、昭和初期の『全館完成御案内』では、地下鉄への通路と水晶塔が描かれている。この2つを見ても館の変化がわかります」
さらに橋爪さんは、「こんなのもありますよ」と貴重な冊子を見せてくれました。
「これは、大阪の四花街である新町で行われていた『浪花踊』のパンフレット。京都・祇園の『都をどり』みたいなもんでしょうな。この第15回のパンフレット裏表紙に大丸のマークが入っている。協賛してたってことでしょう。中面にはほかの百貨店の広告も入っているんですが、大丸さんは格が上だったのかな。孔雀の舞の写真も載っているので、その縁だったのかもしれませんが(笑)」
続いて橋爪さんは、『モダン心斎橋コレクション』を開いて、大丸心斎橋店のショーウインドウについてコメントをくれました。
「金山新六さんは大丸宣伝部所属のデザイナーで、心斎橋筋側のショーウィンドウのディレクションを手がけて写真で記録していた。ここに掲載されているのは昭和2、3年の頃のものが中心で、構成主義的なデザインは、心ブラするモガやモボの目を奪ってたはず。今も心斎橋筋側のショーウィンドウに力を入れてるでしょ? こちらは歩いている人にショーウインドーをじっくり見てもらい、御堂筋側のファサードは、車に乗っている人を瞬間的に魅きつけるという戦略でしょうね」
2019年に大丸心斎橋店本館がリニューアルオープンした際、多くの人々に愛されてきた御堂筋側ヴォーリズ建築のファサードは、歴史的文化価値を考慮して外壁保存構法を取り入れ、そのまま残されました。
「オリジナルに価値があるから、できるだけ残されたのはよかったんじゃないかと思います。このアール・デコ調の外観は唯一無二のものなので、これを模したケーキやチョコレートをつくるのはどうです?」
300周年を迎える大丸心斎橋店の記念グッズのアイデアがひらめいた様子の橋爪さん。さらに『モダン心斎橋コレクション』のページをめくりながら、「このエレベーター表示版はちょうど文字盤としていけるから(笑)、これをモチーフに時計をつくれますね。缶バッジもいい?」とアイデアがあふれ出します。
「サロン ド テ ヴォーリズ」でたっぷり話を聞いたあと、橋爪さんは帰りに1階のエレベーターホールに立ち寄ります。
「ここも昔のまま残っていますよね。中2階があったことを示す文字盤もそのまま残していて、味わいがあります。このヴォーリズデザインがフロア全体に繋がるように、1階の天井の装飾がされているのもすばらしい。大丸心斎橋店は、世界的にもずば抜けて美しい百貨店だと思います」
最後に、とてもステキな言葉を残してくれた橋爪さん。300周年のイベントは、3月を皮切りに、6月、9月、11月にはさらなる展開をしていきます。6月にはアートをテーマに館を彩る予定ですので、どうぞご期待ください。
橋爪節也|美術史家・大阪大学名誉教授
1958年大阪市生まれ。東京藝術大学美術学部大学院修士課程修了。芸術学修士。1984年から東京藝術大学美術学部付属古美術研究施設助手。1990年から大阪市立近代美術館(仮称)建設準備室学芸員に就任し、大阪市立美術館学芸員も兼任。1998年から2008年まで主任学芸員。大阪市教育委員会事務局文化財保護課や大阪市ゆとりと緑の振興局文化部主任学芸員などを歴任。2008年から大阪大学総合学術博物館教授を務め、同館元館長。人文学研究科教授、適塾記念センター教授を兼任。現在は大阪大学名誉教授。著書に『モダン心斎橋コレクション―メトロポリスの時代と記憶』(2005年 国書刊行会)、『橋爪節也の大阪百景』(2020年 創元社)、『大正昭和レトロチラシ:商業デザインに見る大大阪(2020年 青幻舎)など。『原寸復刻「浪花百景」集成』(2020年 創元社)など、編著や共編著も多数。
※今回掲載の内容は2026年4月10日現在の情報を掲載しています。
写真/竹田俊吾 取材・文/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 編集・プロデュース/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
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