火の鳥と300周年記念コラボ開催!
愛娘が語る、手塚治虫の世界。
手塚るみ子|手塚プロダクション取締役
今年、大丸心斎橋店は開業300周年を迎えます。周年を記念し、漫画『火の鳥』とのコラボレーションが実現しました。記念キャラクターとなった火の鳥が、新聞広告やTV-CM、館内のデジタルアートサイネージに登場し、お祝いを華やかに演出します。そこで、今回のコラボレーションの見どころを探るべく、手塚プロダクションを訪れました。前編では、手塚治虫さんの長女でありプランニング・プロデューサー、同社取締役を務める手塚るみ子さんが登場。愛娘が語る手塚作品の魅力から父としての素顔、そして偉大な漫画家が未来へ託したメッセージまで、たっぷり語っていただきました。
未来永劫変わらない“飛躍”。
その願いを火の鳥に込めて。
享保 11年(1726年)、呉服店として商いをはじめた大丸心斎橋店は、心斎橋の地で300年間変わらず商いを続けてきました。開業時から心斎橋筋に間口を置き、現在も同じ通りにある心斎橋筋側正面玄関のファサードを見上げると、孔雀のレリーフが印象的に飾られています。歴史と共に心斎橋の賑わいを見守り続ける大丸の象徴的な存在です。
大正時代から変わらない圧倒的な存在感と面影を残す大丸心斎橋店の建物はアメリカ出身の建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズによる設計で、「ヴォーリズ建築」と呼ばれ今も多くの人々に親しまれています。1922年から1933年にかけて四期に分けて建物は完成。2019年に86年ぶりの建て替えを行なった際には、歴史的文化価値を考慮して外壁保存構法が取り入れられました。
1925年の第二期店舗拡張の際に、11代目・下村正太郎社長が、「火災・焼失からの『再生』と将来への『飛躍』の願いを込めて不死鳥(=火の鳥)のレリーフをアメリカの会社に依頼したところ、貴重で珍重される孔雀を提案されたという逸話が残されています。当時は御堂筋の道路拡幅工事が実施される前で斎橋筋側がメインエントランスを担っていました。
そして今回の300周年コラボ企画に際し、「次の100年も、そして未来永劫、顧客に支持される店舗であり続けられるよう、下村社長の想いと同じく『飛躍』の願いを込めて」、周年キャラクターとして「火の鳥」が採用されました。
この先の300年も、
世界に灯を絶やさない。
「若い頃は大阪に行くたびに心斎橋方面へ遊びに行っていましたね。中でも大丸心斎橋店はシンボリックな存在。お買い物はもちろんですが『ヴォーリズ建築』を見るのも楽しかったですね。他にはない様式美に彩られた建物の雰囲気が本当に好きでよく通っていました。非常に親しみのある場所ですので、今回のコラボレーションは個人的にもとても嬉しいです」と、大丸心斎橋店との思い出を話してくれた手塚るみ子さん。
るみ子さんは手塚作品とそのイズムを国内外、未来へ伝えるために、プランニングプロデューサーとしてこれまでに「私のアトム展」や「手塚治虫文化祭~キチムシ」など数々のイベントを企画。自主レーベル「MUSIC ROBITA」を立ち上げ、さまざまなジャンルとのコラボレーションも積極的に行ってきた、いわばコラボレーションの立役者です。そんなるみ子さんが、今回の企画には運命的なものを感じていると言います。
「時代と共にいろいろなものが消えていくなかで、300年に渡って商いを継続してきたという大丸の歴史が何より素晴らしいですよね。『どんな時代でも、街の灯を消さないことを。』というコピーもとても魅力的です。
戦後の焼け野原から復興し、命を吹き返し、商いの火を絶対に絶やさずにいくんだという思いがとても伝わってきて、それは手塚治虫自身や『火の鳥』という作品にも通じるとこがあるように思うのです」
「手塚自身も大阪空襲を体験しています。もしかしたら死んでいたかもしれないというところから命からがら助かり、終戦を迎え、真っ暗だった街に明かりが灯った時に、『これからは漫画を描いて生きてゆけるんだ!』という希望に満ちた気持ちになったといいます。
その明かりを消さないように。いや、たとえ一度消えたとしてももう一度灯せばいい。そして人々の心の中に希望という明かりをつけたいという手塚のその時の思いが、このコピーとシンクロするといいますか。なおかつこのコピーには、ずっとこの先も続いていくという未来へ向けたメッセージも含まれていて、ちょっとゾクゾクする感覚ですね」
時代を超えて愛される、
『火の鳥』の魅力。
手塚治虫さんが「みずからのライフワーク」と宣言した漫画『火の鳥』は、古代から遥か未来、地球や宇宙を舞台に、生命の理、輪廻転生、人間の業、「生命とはなにか」という壮大なテーマを描いた一大傑作長編です。
2025年には生物学者の福岡伸一さん監修による特別企画展「火の鳥展」も開催され、時代を超えて愛され続けています。るみ子さんは自身の読書遍歴を振り返りながらこの作品の魅力を紐解いてくれました。
「二十代の頃は『火の鳥』のなかでも『復活編』が好きでした。未来を舞台にしたこの編では、科学の発達によって人間の肉体が機械化されていく中で、果たして人間の魂の在り処はどこか、自己とは何だろうということが描かれています。ちょうど自分のアイデンティティって何だろう?ともがいていた頃だったのですごくささったんですよね」
その後、仕事として改めて手塚作品と向き合っていく中で、作品の捉え方も変わっていったと言います。
「年齢を重ねたせいもあると思いますが、今は『鳳凰編』がお気に入りですね。奈良時代を舞台にしているこの編では、宗教というテーマも描かれています。人々の心の支えとは何だろう?宗教なのか、あるいは自然に対する敬意なのか。人間にとって救いとは何か?という問いかけがとても響きます。
手塚がどういう気持ちで作品に取り組んできたか、あるいはその読者や社会にどんなメッセージを伝えたかったのか。そういう作品の本質と向き合っていく中で自分自身も感化されていったように思います」
作品に秘められた、
手塚治虫自身の葛藤。
『鳳凰編』は、我王と茜丸という二人の仏師を主人公に物語が展開します。生まれながらに苦しみ、胸の内に怒りを持ち続けるが次第に悟りを得ていく我王と、権力の庇護を得て慢心し堕落していく茜丸の対比。東大寺大仏建立の真相、輪廻転生といったテーマが深く掘り下げられていきます。
「手塚治虫自身も、最初は茜丸のように純粋に創りたいという思いを原動力に漫画を描いていたと思います。ですが次第に時代や人気に翻弄され、読者や社会の風潮、人気などを意識するようになりました。新しい作家や才能が見出されていく中で、自分と相手を比較することによる嫉妬や妬み、あるいはそこで芽生える悪意。手塚自身の中にも、茜丸のような部分があったのではないか、と。
本当は我王のように様々なしがらみから解放されて、たとえ両腕をなくしても無心に創作へ向かい、命をまっとうすることが美しい生き方かもしれません。一方で、そうなりきれない茜丸。そこには身を滅ぼすような漫画家という自身の人生を、我王と茜丸という二人の表現者を通して対局的に描かれているのではないか。手塚治虫の心情や苦悩の姿が重なるようになり、より深く読み込めるようになりました」
『火の鳥』という作品自体、手塚治虫さんが漫画家として活動を始めた初期から晩年まで、実に30年以上に渡って描かれ続けた作品です。その間に時代も変わり、作者自身にも変化があったはずです。
「手塚自身、この作品はライフワークと位置付けていて、他の作品よりもより自由に自分の思想や表現を出せる場所でもあったようです。漫画のコマ割りにおいても規則性を逸脱するような表現をしたり、非常に難しいテーマを臆することなくぶつけられたり。長年の作家生活において浮き沈みはあっても、『アイデアだけはバーゲンセールするほどある』と言っていたその熱量がそのまま『火の鳥』には現れているような気がします」。
同時に、読者も然り。一人一人の環境や心境が変化し、それによって読み方も変わります。あらゆるものが変わり続ける中で、世代を越えて、時代を越えて、国境を超えて読み続けられています。
「私も初めて読んだのは子供の頃ですが、やはり『火の鳥』は難しくて。正直なところ何が描かれているか分からなかったんですよね。それに未来編や宇宙編にはネガティヴな未来図や未知なるものの恐ろしさも描かれていて。絵として怖いシーンも多く、子供心に相当インパクトがありました(笑)。
けれど成長して、社会人になり、家族を持ち、あるいは亡くすなど人生経験が増えて世界が広がると、読み応えが違ってきます。特に親しい人の死を経験すると、自分の中の死生観みたいなものも変わることもあり、そこに描かれてる世界観がだんだんリアリティを持って読めるようになり、次第に自分の中の価値観や思想にも影響を及ぼしてくるんです」
『火の鳥』の中に描かれているのは、普遍的な本質。ゆえに、人は惹きつけられるのかもしれません。それはまるで『火の鳥』という作品自体が輪廻転生を繰り返しているようにも感じられます。
父として仕事人として
巨匠が未来に伝えたかったこと。
「一番好きな手塚作品というのは本当に選べないのですが」と前置きをしながら、るみ子さんは、自身が最も思い入れがあるという作品の話をしてくれました。
「『ジャングル大帝』のラストシーンが、私の中に深く刻まれています。あの作品は三世代の親子の物語なんですが、偉大な父親のレオに反発して息子のルネはジャングルを出てしまう。その間にレオは衝撃的な最期を遂げる。そしてその毛皮と遺志を託されたヒゲオヤジがジャングルへ戻ろうとしているルネと遭遇し、ふたりは並んでジャングルの大平原を歩いていく。その背景には、大空いっぱいにレオそっくりの入道雲が描かれています。その先の物語は描かれませんが、ヒゲオヤジとルネのこれからの未来を予測するような描写が忘れられないのです。
父親の生きざまをちゃんと見てこなかったルネは私なんですよね。『お父ちゃまの匂いだね』と残された毛皮を嗅ぐルネに、ヒゲオヤジはレオの話をたくさん聞かせよう、と伝える。
それこそあの毛皮は手塚作品であって、手塚治虫を知る大勢の仕事の方、そして何万というファンの方たちがヒゲオヤジで。今の自分を象徴しているようなシーンなんです」
手塚治虫さんは約700のタイトルを手掛け、描いたページ数は約15万枚以上に達すると言われています。デビューから亡くなるまで1日あたり約10ページという異例のペースで制作し続け、まさにその身を漫画に捧げた人生でした。一方で、娘のるみ子さんから見て手塚さんはどのような父親だったのでしょうか。
「とにかくすごく子供に甘い優しい父親でした。兄妹の中でも私は特に聞かん坊でしたが、本当に一度も怒られたことがないんです。好きなことはもう好きなだけやらせるという放任主義。父のインタビューなどを読んでも、自身の戦争経験もあって、自由がないということがいかに苦しく子どもの心を狭くするかということをよく話しています」
「大人は自分の経験値から、そんなことしたら絶対失敗するとか、危ない目にあうとか、つい心配になって子供に『ああしなさい、こうしなさい』と言ってしまう。するとその道で失敗した時に子供は大人のせいにしてしまいます。けれど好き放題やらせておくと、たとえ傷ついたり挫折したりしても、自分で選んで失敗したことで責任は自分にある。やり方が間違っていたのかな?なぜ間違ったのか?と考えるようになり、学びになるし、因果応報をしりますよね」
手塚さんは同時に、漫画やアニメだけでなく多くのエッセイも残しています。その中の一冊、『ガラスの地球を救え』という随筆集には今の時代にも通じるたくさんのメッセージが込められています。
「子どもたちにはいろんなことをかじらせて、好きなことをたくさんやらせてあげたいと思っていたようです。一つの道で挫折したとしても他の道で救われるかもしれないと。この本の中で、父はそれを“寄り道”と表現していますが、例え遠回りになったとしても、結果的にちゃんと自分の行きたいところまで行けるんだったら、寄り道でも遠回りでも構わないじゃないか、と。場合によっては、途中でやっぱりこっちじゃなくてあっちの道だったなっていう新しい発見があるかもしれません」
そこには、手塚さん自身の人生経験も影響しているのではないかと、るみ子さんは言います。
「手塚自身、自分が漫画家になるか医者になるかで迷った経験があります。好きなものは漫画でも、将来のことを考えると医者になった方が安定した生活が送れる。その選択の中で、どこで自分の一生を捧げたいかを考えたときに、漫画の道を選んだわけです。けれど、選ばなかった方の医者の道も学んでいたおかげで、『ブラック・ジャック』という作品が生まれました。そしてその結果、連載の激減、会社の倒産というどん底の “冬の時代”から脱却するきっかけになりました。
だから大人や社会のルールに子どもを乗せて無理やりその上で歩かせるのではなく、子ども自身が自分の本当の道を見つけられるように、いろんな選択肢を持たせてあげられるような社会であってほしいと。だから手塚の漫画の中にも全然タイプの違ういろんなドラマがあって、いろんな生き方がある。悪い人もいれば、良い人もいる。失敗するし、場合によっては地球滅亡さえもする。じゃあ、その結果に行かないためにはどうしましょうか?と、 人間に基づく様々なドラマを描くことで、子どもたちが考えるヒントを与えていきたいという気持ちだったと思います。それは父親として自分の子どもに対して思うのと同時に、読者である世界中の子どもたちへ向けたメッセージだと思うのです」
手塚治虫さんが描き続けた未来へのメッセージは、彼が遺した1つ1つの作品の中に生き続けています。そして300年という歴史を通して、大丸心斎橋店も商いの火を灯し続けています。この先に広がる未来へ向けたずっと変わらない想いと新たな決意。優雅に羽を広げて輝く火の鳥が、そんな未来を静かに見守っているようです。
手塚るみ子|手塚プロダクション取締役
1964年、漫画家・手塚治虫の長女として生まれる。プランニングプロデューサー、手塚プロダクション取締役。大学卒業後、広告代理店に入社し企画・制作に携わる。父の没後に独立し、手塚作品をもとにしたイベントや展示を企画する。音楽レーベルのプロデュースやラジオ番組のMCなど多方面で活動。
※今回掲載の内容は2026年2月20日現在の情報を掲載しています。
写真/メグミ 取材・文/西野入智紗 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 編集・プロデュース/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
火の鳥と300周年記念コラボ開催!
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手塚るみ子|手塚プロダクション取締役
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