「飛翔」をテーマに個展を開催!
書のアーティスト、武田双雲さんの世界。
武田双雲|書道家・アーティスト
大丸心斎橋店の注目トピックスをさまざまなアプローチで取り上げていく「FEATURE」。今回は、2026年1月に開催される『ART SHINSAIBASHI』に出展する書道家でありアーティストの武田双雲さんが登場!1月22日(木)→26日(月)は心斎橋PARCO 14Fで展示を予定する双雲さんに、作品やクリエイティビティ、書道への想いなどを聞きに湘南のアトリエを訪れました。
会社員から書道家の道への
きっかけとなったできごと。
湘南を代表する観光地・江ノ島まで徒歩圏内にある武田双雲さんのアトリエ。会社員から書道家へと転身し、最初に辻堂の古民家で書道教室を始めたのが、双雲さんと湘南の地との出合い。その後移転をし、現在アトリエとして使われている場所は書道教室としても使用されていました。近々、改装が予定されていますが、白く塗られた壁や階段の手すりなど、あちこちに双雲さんの手による書が見られます。
取材陣を笑顔で迎えてくれた長身痩躯の双雲さん。テレビや雑誌などでよく見る穏やかで爽やかなお人柄そのままです。
お母様が書道家の双雲さん。小さい頃から書に親しんできましたが、若い頃はお母様と同じ道を進もうという考えはなく、東京理科大学工学部で情報科学を学んだあと、NTTに就職されました。理系学問を学び、インターネット時代の最先端の現場で働いていながら、会社を退職したのはどういう経緯だったんでしょうか?
「当時24歳でしたが、たまたま母親が家を建てて引っ越しをして。実家に久々に帰った時に、母が自由に襖などに書を書いていたんですね。それを見て、書ってこんなに躍動感があってカッコいいんだ。こういう書を書きたいなと思ったんですよ」
このときにもう一度書道にハマったという双雲さんは、書道セットを買って、独身寮で、日々、筆を動かすことになります。新たな境地が見つかり楽しかったそうで、その熱はさらに会社での時間にも波及して…。
「会社用にと買ったミニ書道セットをデスクに置いて、墨を擦りながら電話を取っていたんですよ。相当変わったやつだと思われていたと思うんですが、部長や課長など上司への電話の伝言メモも筆書きしてました。『読みにくいよ。普通でいいよ』ってあまり評判はよくなかったんですけど(笑)」
直属の上司には、あまり筆書きの味やよさを理解してもらえなかったかもしれませんが(?)、社内で双雲さんの噂は広がり、隣の部署の先輩から「部署の目標を筆で書いてほしい」という依頼があったそうです。
「書いたらお礼にお昼ごはんを奢っていただいて、うれしかったですね。それから時々、代筆などをしていまして。あるとき、ある女性の方から名前を書いてほしいと言われて書いたところ、涙を流して喜んでもらって。『自分の名前が今まで嫌いだったけど、こんなにステキなんだ』って。えっそんなに?と思いましたが、衝撃的だったんですよね」
書が持つチカラを改めて感じさせてくれたこの出来事をきっかけに、双雲さんは会社を退職したあと、お母様の教室に1年間通い、ストリート書道などの経験も得て、本格的に書道の道へと進むことに。テレビ出演や著書の出版も徐々に増え、人気書道家となってからも、涙を流すほど喜んでもらった衝撃は忘れられないと言います。
「書ってなんだろうな?という原点かもしれませんね。ただきれいなだけでは人は感動しないから。伝わる字というか、それをずっと研究し続けてきた気がします」
書道は、心の動きも反映される
究極のバランスゲーム。
書のチカラを信じながらも、最近はスマホが普及し、年賀状仕舞いをする人が増えたり、小学校の書道の授業数が減っていたり、書道や手書き文化の衰退を肌で感じるという双雲さん。それでも、筆を使って手で書く奥深さについて、次のように語ってくれました。
「筆って不思議で、いろんな長さの毛が組み合わさっていて、中にいい空気が入るように、墨がちゃんと浸透するようにという微細な感触を職人さんたちがつくっています。書くスピードが速すぎるとすぐにかすれるし、力を入れすぎると紙が破けるし、ビビっちゃうとにじみすぎて線画が駄目になるし。ギリギリのゲームなんですよね。油断や過信があるとダメ。ビビっても調子に乗ってもダメ。1mm狂っただけでバランスがグッと崩れてしまう究極のバランスゲームです」
究極のバランスゲーム・書道について、双雲さんはさらに言葉を続けます。
「ただバランスを取るだけだとつまらなくて、スピードや太さの強弱だったり、かすれとにじみ、白と黒の余白のバランスだったり、複雑な要素が絡みあう中、最後まで書ききらなければならない。その難しさが、コンピューターでは書けない書道の魅力でもあると思います」
双雲さんは、「もちろん鍛えてきた技術も必要ですが…」と言いながら、やはり大切なのは心の動きだと語ります。
「書いていると、人間だから雑念や邪心などが出てくるじゃないですか。『俺、すごいよ』みたいな驕りもあれば、『めんどくさい』みたいな気持ち…いろいろあるじゃないですか。日頃抱えている問題があればあるほど体の動きを邪魔するんですよね。邪心が少ないほうが油断や無謀さも減るし、スムースに自然な動きに近づいていくから、見る方の感動も大きくなると思います」
心技一体で筆を動かす書道家として活動し、教室も多いときには300人もの生徒がいた双雲さんですが、2020年には教室をやめ、アーティストとしての活動をさらに深めていくことになります。
「書道を長くやってきましたけど、教えるのにも限界を感じるようになって。自分で表現をしていくことにシフトしだしたのが2019年ごろですね。今もサポートしてくださっているプロデューサーさんと出会ってから、その方向へとベクトルを向けていますね」
書をベースとしたアーティストとしての活動をはじめると海外からの評価も高まり、目覚ましい活躍を続ける双雲さん。近年、2024年と2025年になんと年間6回も全国の百貨店で個展を開催しています。
「数多くの個展をさせていただいていますが、毎回初めてという心持ちでやっています。ルーティンでこなすだけの作業になったら、感動は伝わらなくなっていくので。各地で来場してくださるのは初めての方がほとんどですし、僕が流れ作業でやっちゃうとズレが生じてくるので。しっかりと自分を見据えて、エネルギーを無くさないようにしています」
2026年最初に行われる
個展のテーマは「飛翔」。
2026年の1月、2年ぶりに『ART SHINSAIBASHI』に出展することになった双雲さん。2024年のテーマは「昇龍」でしたが、今回は「飛翔」。どちらも空に昇っていく勢いを感じられます。
「大阪ってエネルギッシュで元気なイメージがあるので、このようなタイトルになったのかもしれませんね。『飛翔』ってとてもいい言葉で、飛ぶだけでなく、翔という言葉がつくとさらに広がりがある。文字って、英語ではキャラクターと言いますが、まさにそれぞれの字にキャラクターがあって、『飛』とか『翔』ってあまり似たような字がなくて、独特でかっこいいですよね」
さらに、「飛翔」という言葉から想像できる世界観について聞きました。
「おおらかさ、大きな空を自由に舞っているイメージ。生きていると人間社会がせまぜましく感じることもあって、ドロドロした、こんがらがっているところから飛翔したくなる。伸びやかに自由におおらかに優雅に舞うというのは、最も難しいことだと思いますけど、困難があるからこそ飛翔する価値があるという考えかたもあると思いますし。『飛翔』の捉えかたはそれぞれ違うでしょうから、作品を見ながらみなさんに一緒に感じてもらえればいいのかなと思いますね」
双雲さんの想いが込められた「飛翔」の文字が書かれた、『ART SHINSAIBASHI』に出展するために制作中の作品がアトリエに置かれていました。青い文字が印象的ですが、こちらは青墨を用いた作品です。
「墨は煤(すす)と膠(にかわ)を練ってつくられますが、職人さんは、いまだに毎日8時間ぐらい手と足で練るんですよ。煤の粒子サイズを感覚でわかっていて、黒や青でもペタっと均一にならずに、いい感じにムラを残している。機械でつくるとこうはいかなくて、実際に見るとその手触り感のある美しさに感動します。この青墨も、私はフェルメールブルーより美しい青だと思います」
何百年、何千年と続いている
日本の伝統を作品に取り入れて。
青墨の作品で墨職人の仕事が多大なる貢献をしているように、『ART SHINSAIBASHI』に出展される作品の中には、金箔や越前和紙、藍染など、古くから伝わる日本の伝統的技術をアートに取り入れているものがあります。
「例えば越前和紙なんて1,400年前からつくり続けているんですよ。今の時代は百年企業でさえ大変なことなのに、飛鳥時代からその技術が続くというのはすごい。金箔も今はほぼすべて金沢でつくっているのですが、450年以上続いているんですね。何万回も手で叩き伸ばして均一にするんですけど、そのきらめき、ゆらぎの感覚は手でしかわからないみたいなんですよね。あらゆるものが複雑にできている中で、AIやデジタルではできないことを、職人さんがまだ残してくれていることに感謝です」
「越前和紙」の作品は、手漉きの越前和紙をつくる過程で、紙が固まる前に双雲さんが自らの手を使って書を書き、さらに乾いて和紙になった状態で書を重ねたもの。「1,400年の歴史の中で、和紙に手で描いたのは僕だけだと思います」と双雲さんは笑いますが、白い和紙にうっすらと浮かび上がる文字がとても印象的。この手法は、2019年にスイスで開催された個展で初めて披露し、「超伝統的でいて超モダン」と現地の人に喝采を浴びたそうです。
日本伝統の匠をリスペクトする作品、シンプルな書、色鮮やかなアートワークスなど、多種多彩な作品で『ART SHINSAIBASHI』の会場が満ちあふれそうですが、今年の8月に初めて生み出したという手法の作品もあります。
「ブルーのアクリル絵具を塗ったベースの上に、粘度のある白い絵具を、筆じゃなくて手で垂らして描いているんです」
実際にアトリエで「飛翔」と白く描かれた制作途中の作品を見せてもらいましたが、垂らして描いたとは思えないほどの見事さ。双雲さんはこの文字の上に金箔を垂らします。
「金箔は、垂らし続けてもう何年も経つので、飛び散りかたなどが大体わかってきました(笑)。でも垂らして文字を描くのはまだ今年8月にはじめたばかりのオリジナルの技術だから、毎回のように失敗していますよ」
『ART SHINSAIBASHI』への
想いと意気込み。
『ART SHINSAIBASHI』では、1月22日(木)→26日(月)の期間中、毎日在廊してくれるという双雲さん。アーティストと直接会える機会はなかなかないので、ぜひ会場へ。(会場は心斎橋PARCO 14F SPACE14)
双雲さんご本人と、その多くの作品に出会うことができる『ART SHINSAIBASHI』。最後に、来年2026年をどんな年にしたいかを聞いてみました。
「僕も今年50歳になりました。これまでは勢いで、大声を出しながら走ってきたという感覚が自分の中にありますが、今は現実とちゃんと向き合おう、あるがままの、かっこつけずに、ポジティブでもない素の自分、ダメな自分のこともしっかり見つめようというのが、ここ1年ぐらいの感覚です」
50歳になり、これから50代、60代、70代と生きていく中で、退屈や飽きを感じることもあるだろう。そのとき外に刺激を求めるのではなく、毎日のリアルな生活に向き合うことも大切だと双雲さんは言います。
「飽きてくる自分をどうするかというのも、これから面白いところなんじゃないかな。新しいことに目を向けることも大事ですけど、ずっとそればかりできるわけではないので。毎日の生活の中で、自由な気づきがあればいいなと思いますね」
そんな気づきがきっかけになったのか、双雲さんはこれまで自分自身にばかり向けられていた意識が変わってきたと言います。
「これまで、ひとりでやるという気持ちが強かったけど、ミュージシャンの曲づくりのように、職人さん、主催者の方、プロデューサーさんなどと、みんなでつくりあげたいという気持ちが前より出てきました。大丸心斎橋店(会場は心斎橋PARCO 14F)というステキな場所でやるので、お互いに共鳴して、よりお客さんに伝わる展覧会にできたらいいなと思います」
“日常からの飛翔”という今の武田双雲さんの心情が表現されるであろう『ART SHINSAIBASHI』。2026年のスタートに、ぜひ体感していただきたい展覧会です。
武田双雲|書道家・アーティスト
1975年熊本県生まれ。3歳より書家である母・武田双葉に師事。東京理科大学卒業後NTTに入社し、約3年間の勤務を経て書道家として独立。NHK大河ドラマ「天地人」、サントリーマスターズドリーム「夢」、世界遺産「平泉」、など、数多くの題字、ロゴを手がけ、『世界一受けたい授業』などのテレビ出演も多数。ベストセラー『ポジティブの教科書』をはじめ、著書は60冊を超える。20年間主宰した書道教室「ふたばの森」は2020年に閉校し、近年は現代アーティストとして、さまざまなアート作品を発表。海外、全国の百貨店で個展を開いている。
※今回掲載の内容は2025年12月10日現在の情報を掲載しています。
写真/竹田俊吾 取材・文・編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 編集・プロデュース/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
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