大阪・関西万博イベントレポート
テーマ:歴史的建築の継承
建築家 永山祐子×建築史家 倉方俊輔
去る5月4日(日・祝)、大阪・関西万博の「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」で開催された、大丸心斎橋店主催のイベント「THINK “WELL-BEING” FOR OUR CITY〜ビジョナルリーダーと“都市のウェルビーイング”を考える」。建築家の永山祐子さんと建築史家で大阪公立大学の教授を務める倉方俊輔さんをゲストスピーカーに迎え、「歴史的建築の継承」をテーマに展開したトークショーをレポートします。
ウーマンズ パビリオンの
「WA」スペースでイベントを開催。

イベントが行われた「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」があるのは、大阪・関西万博のシンボルである大屋根リングのすぐそば。ゴールデンウィークの中日とあって、開幕日に次いで多い13万人を超える来場者でにぎわう中、イベントは行われました。

「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」は、この日のイベントのゲストスピーカーである建築家の永山祐子さんが設計しました。組子のような三角形をベースにした幾何学模様のファサードがとても印象的です。2階には中庭「UPPER GARDEN」があり、その奥にある「WA」スペースでイベントが行われました。

大阪・関西万博で永山さんは、「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」のほかに「パナソニックグループパビリオン『ノモの国』」の設計も担当しています。トークショーでは、この2つの万博建築についての話もありました。

イベント開始時刻が近づき、上品な雰囲気が漂う「WA」スペースで来場者が待つ中、司会者に誘導されて、永山さんと倉方さんが入場。2人のプロフィールが紹介された後、それぞれのスライドトークが始まりました。

永山さんのプレゼンテーションは万博パビリオンの内容からスタート。永山さんは大阪・関西万博で2つのパビリオンを設計していますが、前回のドバイ万博では日本館のデザインアーキテクトを担当しました。そして、このドバイ万博日本館で使われていたファサード部材を、大阪・関西万博の「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」でリユースしたのです。まずはそのエピソードから話をしてくれました。

「ドバイ万博は、2020年に開催される予定だったのですが、新型コロナウィルス感染症の影響で2021年に開催されました。なかなか現地に行けなくて苦労しましたね。会場の面積は、大阪・関西万博の約3倍あり、日本館の区画も大きかった。万博のパビリオンって、展示内容と建築が別々に進められることが多く、建築の方が早く走るので、日本館のテーマが決まる前に建築し始めなければならない。そのため、自分の中で建築テーマを考えました。ドバイ万博全体のテーマが『Connecting Minds, Creating the Future(心をつなぎ、未来を創る)』だったので、日本と中東のつながりを表現したいと思いました」

永山さんは、「私たち日本人の意識の中で、中東はそこまで近しい感覚はないかもしれないけれど、昔、シルクロードを介して両文化はつながりあっていたのではないか」と考えたと話します。
「イスラム装飾によく見られるアラベスクの幾何学模様と、日本の伝統的な幾何学模様である麻の葉文様を組み合わせて、構造体となる立体格子として表現しました。正面から見ると麻の葉紋様、少し角度をつけて見るとアラベスクの様な多文化の幾何学紋様にも見えるデザインです。部材は別のものに変容してリユースしたいと提案時から思っていて、ボールジョイントというシステムを用いています。ボールのようななノードという部材に棒状部材のチューブが突き刺さっている構造で、ノードからチューブを抜けば解体でき、別の形にすることができます」

さらに永山さんは、リユースについて話を続けます。
「せっかく次期万博開催国となったので、ドバイ万博から次期万博である大阪関西万博につなげていきたいと思いました。国連でSDGsが採択されてから、万博でもそれが大切な要素で12番のサスティナブルなゴールを考えることはとても重要です。とはいえ、リユースについては万博の日本館建設の予算に入っていません。リユースを見越した解体、そして運搬・保管の協力者を自力で探すところからはじめました。国の資産である資材を競り落とし、丁寧な解体に関しては大林組さん、ドバイから大阪までの運搬保管は山九さんが協力してくださり、そしてカルティエさんがその資材を使ってウーマンズ パビリオンを作ることに共感してくださった。いろいろな方の協力により、奇跡的につながっていきました」

ドバイ万博日本館と「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」では、敷地面積や敷地形状がまったく違う中、資材をどう組み替えていくか、永山さんはとても苦労したようです。
「チューブも構造的に力が必要なところは肉厚になっていて。チューブ約6000本、ノード約2000個のパーツのひとつひとつを適材適所に組むのはパズルのようで、正解が見つかるまでに約3カ月かかりました。ファサード部材の新規部材を作らないと決めていたので、チューブをカットして使ったところもあります。三角形の幕も洗浄して、チューブも汚れた部分は塗装をし直すなどリペアして使っています」

ドバイから大阪へと継承されたパビリオン建築。工事などによって出るCO2も大幅に削減できたそうで、SDGsにつながる建築と言えそうです。続いて永山さんは、大阪・関西万博でデザインを担当したもうひとつのパビリオン、「パナソニックグループパビリオン『ノモの国』」について話をしてくれました。

「『ウーマンズ パビリオン』は、幾何学を使ったシステマティックな建築でしたが、『ノモの国』は、アルファ世代の子どもたちのためのパビリオンということで、子どもたちが成長とともに心や身体がさまざまに変わっていくように、もっと有機的に細胞が分裂して変わっていくような、何の形かわからないような建築にしたいと考えました」
そしてできあがったのは、蝶のような形のスチールパイプに張られたオーガンジーの膜がはためき、まるで生きものが動いているようにも見えるパビリオン。
「『バタフライモチーフ』と名付けた三次元的に曲げたスチールパイプを、組積造の石積みのように積み重ねて、アーチを描くことで構造を成立させています。私が最初に描いたイメージスケッチは子どもが描いたような絵だったんですが、その絵を建築にしていくプロセスは、失敗を繰り返して、一筋縄ではいきません。そのプロセス自体を感じてもらいたかったですし、自分たちが描いた夢が形になることを建築を通して伝えたいと考えました。ライトアップもとても綺麗なので、ぜひ見てくださいね」と永山さん。
『ウーマンズ パビリオン』は次のリユースが決定し、『ノモの国』もリユースを検討しているとのこと。後日発表される詳細にも注目です。
*「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」の組子ファサードは、2027年国際園芸博覧会屋内出展施設のファサードとしてリユースすることが決定。
永山さんが再編集した、
市民に愛される歴史的建築。
ここで万博建築から離れ、永山さんが手がけた歴史的建築の再編集にスポットが当たります。ひとつは、東京の下町・谷中にある大正5年築の木造2階建ての1階にある「カヤバ珈琲」。
「ここは、おばあさん2人が2階に住みながら店を営んでいたんですけど、亡くなってしまって。マンションに建て替えられそうなのを、地域の人々が『文化的に大事な交差点だから残さないとダメだ』とおっしゃって、残せるようになりました。できるだけ当時の空気感を感じてもらいたくて、中は暗くて外は明るいという特徴的な光のコントラストは残そうと、1階の天井に黒いガラスを張り、鏡面効果を持った黒ガラスの表面に室内の様子と窓から見える明るい風景が映り込むようにしました」
続いて紹介してくれた愛媛県宇和島市にある「木屋旅館」は、明治44年創業の老舗旅館。ここでも元あるものを活かしながらリノベーションをしています。
「私はオリジナルのものが好きなので、たくさん手を加えることなく、そこにある魅力を増幅させられないかなと思って、最近になって足された余計な壁を取り外し、1日1客という設定の中で、部屋数が多いので、ところどころ畳を透明のアクリルに置き変えることで2Fからの光を取り入れ、新しい視点を作り出すなど、ちょっとしたことを編集し直すことで、全然違うものができるんじゃないかと考えて設計しました」

2つの歴史的建築の継承事例を紹介してくれた永山さん。オリジナルを活かしながら新たな物語を紡ぐリノベーションが印象的ですが、2024年に大きくリニューアルした、松坂屋名古屋店本館の共通環境の設計・デザインも手掛けました。
「松坂屋名古屋店本館は、1925年に建設された100年以上街に存在している百貨店。そこをもう1度編集し直すにあたり、フロアを縦につないでいくというアイデアを考えました。ある意味都市計画をするような感覚で、縦の動線となるエスカレーターが街の大通りの役割と考えました。増築を繰り返した広大なフロアに複数存在するエスカレーターの違いがわかりづらく、迷子の原因になってしまっていたので、そこに「真鍮」と「銅」の2つのキャラクターを与えてエリア分けをしました。その間には公園のような場所として百貨店の特徴的な売り場をデザインし、人々がフロア内を楽しく回遊するきっかけを作っていきました」
ファサードは街と人々をつなぐ、
インタラクティブなインテリア。

そして永山さんのプレゼンテーションは、街における店舗ファサードの重要性についてと続きます。
「ファサードデザインだけをすることも結構あって、独立して2年目ぐらいにつくったのが『LOUIS VUITTON 大丸京都店』です。『LOUIS VUITTON』が古いトランクに使用していた“レイエ”というストライプパターンと京都の縦格子をイメージし、偏向板と呼ばれる光学フィルムによって生み出されるイルージョンでファサードをデザインしました。光と闇によって、実際にそこには存在しない縦格子を“現象”として作りだすことで、人がそこに在ると感じるインタラクティブな関係が生まれています。この頃から現象的なものというのが建築の中で大切な要素だと思っていて、街、店と人のインタラクティブな関係が望ましいと感じています」

続いて、新宿の中心部に開業した「東急歌舞伎町タワー」についても語ってくれました。
「『東急歌舞伎町タワー』は超高層ビルとしては珍しくオフィスが入らない、ホテルとエンターテインメント施設を中心とした建物です。このタワーのデザインは、もともとこのあたりが沼地だったということもあり、地面から吹き上がる噴水をイメージしました。細かい水しぶきの波形をイメージした細かいパターンのセラミックプリントをガラス表面に施していて、夜でも柔らかに光り、歌舞伎町という街に脈々と続く人々の想いが、未来につながっていけばいいなと設計しました」

プレゼンテーションの最後には、5月に発売された初の作品集『永山祐子作品集 建築から物語を紡ぐ』についても紹介してくれました。
「独立して24年で114作品を手がけていますが、そのうちの45作品を掲載しています。写真を掲載しているだけでなく、裏話についても書いていて、読み物としても楽しめると思います。サブタイトルが“建築から物語を紡ぐ”となっていますが、実は私は子供の頃に物語をつくる人になりたいと思っていたんです。たとえばさっきお話ししたように保存すべき建物があるとしたら、それをどういうふうに編集すれば面白い物語が生まれるか、新しい未来に変換していけるかを考えて設計やデザインをしています」
建築史家の視点で読み解く、
ヴォーリズという人と建築。

永山さんのスライドトークに続いては、建築史家の倉方俊輔さんの登場です。大阪公立大学大学院教授として、日本近現代の建築史の研究と並行して、建築公開イベント「東京建築祭」の実行委員長を務めるなど、建築の価値を社会に広く伝える活動を行っています。
「私の話では、大丸心斎橋店旧本館を設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズを中心に取り上げたいと思います。ヴォーリズ建築の愛好家は多く、ヴォーリズネットワークという集まりがあるほど、今なお多くの人に親しまれています。では、なぜこれほどまでにヴォーリズとその建築が愛されているのか。その理由を紐解いていきたいと思います」
まずは倉方さん、ヴォーリズが暮らしていた滋賀県の近江八幡について話をしてくれました。近江八幡の商業高校の英語の教師としてアメリカから赴任したヴォーリズ。今なお、街に多くのヴォーリズ建築が残されていることや、メンタームを日本で販売する近江兄弟社もヴォーリズが設立したことなどをわかりやすく解説してくれました。
そして近江八幡を拠点とし、ヴォーリズとも交流があった菓子店「たねや」が地元で展開する「クラブハリエ日牟禮カフェ」についても言及します。
「こちらは、朝日新聞社の忠田兵蔵氏の邸宅としてヴォーリズが設計した建物を改修し、現在はカフェとして使われているものです。いわゆる豪邸というよりも、家族が団らんしながら暮らすのにちょうどいいサイズ感。ここでかつて住んでいた人たちがどんな日々を送っていたのかを想像しながら、スイーツをいただけるというのは、なんとも素敵ですよね。近江八幡を歩いていると、ヴォーリズの建築に本当にたくさん出会えます。こういう街並みを見ると、建物が保存されるのは、人間の力なんだと感じます。人と人とのつながりや、建物の背景にある物語こそが、歴史的建築を支えているのだと思います」
日社会から守る。社会に開く。
ヴォーリズ名建築の2大学。

滋賀の近江八幡を拠点にしたこともあり、ヴォーリズは関西に多くの名建築を残しています。その中でも、阪神間では神戸女学院と関西学院大学という2つの大学建築のマスターピースが今も残っています。
「神戸女学院大学は、キャンパス全体が重要文化財に指定されている、全国でも稀有な大学です。外から見えるのは正門だけで、中の様子をうかがうことはできません。奥へと進むと、長方形の中庭を囲むように校舎が配置され、小道を通って学生たちが中庭にたどり着く構成になっています。大学という場が果たすべき役割のひとつとして、社会から一時的に切り離された空間であることも挙げられるでしょう。特に開学当時の日本における女性の立場を考えると、外の社会から守られつつ、個性を伸ばすことが求められていました。社会と向き合う力を身につけ、未来を切り開いていく。そうした教育空間のひとつの理想像が、ここに表れているように思います」

一方で、同じ兵庫県西宮市にある関西学院大学のキャンパスは、社会に開かれた場所だと倉方さんは言います。
「それに対して、こちらのキャンパスは神戸女学院とは対照的に、とても開かれた印象です。周囲は閑静な住宅地ですが、その街並みとつながるように開放されていて、中央の芝生では近所の子どもたちが遊ぶ姿も見られます。こうして2つの大学キャンパスを見比べるだけでも、ヴォーリズが施主やクライアントの個性に応じて建築を設計していたことがわかります。住まい手や大学が持っている独自の性格を、時に本人たち以上に深く理解し、それを持続させるために建築を用いる。建築家とは、自分のスタイルを押し通す存在ではなく、本人さえ気づいていない、その人らしさを形に落とし込むことで、伝統や個性を支える存在なのです」
倉方さんは、神戸女学院大学と関西学院大学、どちらの校舎もスパニッシュ・ミッション・スタイルが特徴的だと解説します。
「当時、アメリカ・カリフォルニア州では、スペイン人のカトリック宣教師たちが残したスペイン風の建築が流行していました。ハリウッドスターたちも、スパニッシュ・スタイルの邸宅を建てていた時代です。イベリア半島のスペインやポルトガルには、北アフリカやイスラム文化の影響が色濃く残っていて、アラベスク模様なども多く取り入れられています。先ほど永山さんが、ドバイ万博の日本館のテーマとして、アラベスクと麻の葉文様のつながりについて話されていましたが、ヴォーリズもまた、アラベスクと日本を独自のかたちで結びつけていたのです」
最高レベルの部分保存を行った
大丸心斎橋店本館のファサード。

ヴォーリズ建築の特徴の一端を垣間見たところで、いよいよ大丸心斎橋店本館についての話へと進みます。
「大丸心斎橋店本館は、2019年の大規模リニューアルに際し、御堂筋沿いのファサードを部分的に保存しましたが、その部分保存の水準は、日本における最高レベルと言えるでしょう。ここまで手間をかけて雰囲気を継承する事例は、なかなかありません。大丸の判断も素晴らしいですが、改修の話が出たときに、なんとか保存できないかと市民が声を上げたことが、大きく動かした要因でもあります。申しわけ程度の保存ではなく、本気の保存・継承だったのです」
大丸心斎橋店のヴォーリズ建築にふれていくうえで、倉方さんはまず心斎橋筋側エントランスにある、有名な孔雀のレリーフについて話をしてくれました。
「大丸心斎橋店旧本館は、1922年(大正11年)に竣工し、その後4期にわたって増築が重ねられてきました。最初の段階では、御堂筋はまだ細い通りで、心斎橋筋側が正面エントランスでした。ファサードに見られるピーコックの意匠は、教会建築でいうタンパンにも通じる装飾で、中世のゴシック教会のようなイメージも漂わせています」

クラシカルな心斎橋筋側の装飾と比べると、御堂筋側のファサードは新しいチャレンジをしていると倉方さん。
「エントランスホールの天井にはアラベスクも見られて、まるでモスクのようですし、当時世界的に流行り始めていたアールデコのデザインも見られます」
大丸心斎橋店で注目すべき、
ヴォーリズ建築の見どころ。

そして、ヴォーリズの自由で遊び心のあるデザインについても話をしてくれました。
「エントランスホールから本館に入ると、イソップ童話をモチーフにしたステンドグラスがあって、とても楽しい。百貨店って百ですから。万博は万ですけど(笑)。いろんなものに出合えるというのが百貨店という言葉の意味ですよね。さまざまな人が、思い思いにここを訪れて、ストーリーをふくらませ、まだ見ぬ世界と出会える。そんなワクワク感がデザインを通じて実現されています」

そのあとも倉方さんは、地下1階にある菓子店「たねや」の照明やパッケージ、ヴォーリズ作品の写真が展示されている5階の「サロン・ド・テ・ヴォーリズ」、地下1階と2階をつなぐ階段など、大丸心斎橋店本館のあちこちに残るヴォーリズ・デザインを紹介しました。そして最後に、あまり知られていないヴォーリズ・スポットを教えてくれました。
「6階の休憩室には、大丸心斎橋店の手書きによる設計の図面を展示しているコーナーがあるんです。百貨店の中に、これほど建築的な展示があるのは、日本でも珍しいのではないでしょうか。さらに7階の『心斎橋ひとときテラス』では、かつての水晶塔を間近に見ることもできます。改修を経たことで、それまで見えなかった建築の魅力が現れています。みなさんもぜひ館内を探検して、ヴォーリズらしさを感じ取ってみてください」

プレゼンテーションの最後に、倉方さんはヴォーリズは20年ぐらい前までは建築界ではそこまで評価されていなかったことに言及します。
「ヴォーリズは、昭和初期からモダニズム建築が日本に現れ、戦後に普及するといった進歩的な文脈には乗りづらい建築家です。そのため、長らく高く評価されてきたとは言えませんでした。でも、それはあくまで彼が、それぞれの施主に寄り添い、丁寧に建築をつくってきたから。そうした姿勢こそが、市民に愛され続ける理由でもあります。大丸心斎橋店が、あれだけの手間をかけて保存・継承されたのも、ヴォーリズ建築が深く愛されてきた証です。そして、いまヴォーリズへの評価が高まっているという事実は、社会の建築観そのものが変わりつつあることを示しているのかもしれません」
ヴォーリズ建築と永山建築。
時代を超えて通じる共通点。

それぞれのスライドトークを終えて、イベントはフリートークへ。まずは、永山さんにヴォーリズ建築についてどう感じるかの質問からスタートしました。
「ヴォーリズと私では、時代は全然違うんですけど、いろんなところに共通点を感じて、倉方さんの話を聞けば聞くほど親近感が沸いてきました。例えば表層や装飾的なところを大事にしているという点。建築は構造的な部分はもちろん大切なんですけど、それ以上に表層がどうなのかも重要。アラベスクとの融合は、『ウーマンズ パビリオン』にも通じて、ひとつの文化だけを表現するのではなく、いろんなものをミックスして新しい形を探していたのかなあ、共感できるなと思って聞いておりました」

永山さんのコメントを受けて倉方さんが続けます。
「確かにそうですよね。私も話していて、通じるものがあると感じました。永山さんとヴォーリズの建築には、たとえば光の当たり方や、雨に濡れるとしっとりとした質感になるところなど、素材感に共通する魅力があると思います。表層や表面が変化して、生きもののような気配を感じさせるんです。生命のような存在として建築に向き合えるからこそ、親近感を持てるのかもしれません。ヴォーリズは感触や素材感を大切にして建築をつくっていて、永山さんもそれを今の時代に合ったかたちで発展させていらっしゃいますよね」

素材の話が出て、永山さんは、「そうですね。素材を選ぶときは光とセットで考えます。土壁のザラッとした感じとかも光が当たれば陰影が生まれる。光の強弱と変化で、見えかたもすごく変わります。変化のないものにしてしまうと、そこにインタラクティブな関係が生まれてこない。人肌じゃないですけど、テクスチャーや表情がすごく気になるので、とても細かく素材を選んでいます」
素材のことに続いて、永山さんは「らしさ」、「様式」について話を続けます。
「ドバイ万博で日本館をつくったときは、日本らしさをすごく求められました。それで、私の中で『日本らしさってなんだろう?』と考えたときに、リアリティがなくなっているんです。というのは、かなりミクスチャーされた文化の中で育っていて、『日本らしさってこれです』とは決めきれないなと思って。あえて木組みや校倉造りなど日本らしい様式じゃないほうがいいなと、どこにでもある鉄素材で作ろうと思いました。光と陰のありかた、繊細さ、自然と同期する瞬間などに、そこはかとない日本らしさを感じる。そういうありかたがいいなと思いました。純粋に面白がりながら自在にミックスしていって、新しいものをつくるのが今の私の建築らしさですかね」

永山さんのコメントに、倉方さんは、「そういう意味では、この『ウーマンズ パビリオン』も、かなり日本的ですよね。障子のようなデザインもありますし、三角の幕が風にそよぐ様子なんかは、自然と一体化している感じがする。ヴォーリズにも、国ごとの形式を超えて人間を信じているようなところがあって、様式的にはいろいろなものがミックスされています。永山さんの建築も、やはり環境の中にあって、確かに日本的に見えてくるところがあると思います」
街はリズムを持っている。
建物や空間が音を奏でる。

さらに、倉方さんは、永山建築の魅力について語ります。
「永山さんの建築って、散歩していて本当に楽しいんですよね。たとえば『LOUIS VUITTON 大丸京都店』のファサードは、歩きながらの視点にフォーカスしてつくられていますし、松坂屋名古屋店の内部空間も都市のようにデザインされていて、『あ、ここさっき通った場所だ』と感じられるような、自然と散歩したくなる場所になっています。いま、御堂筋では歩道が広がりつつあり、歩行者にとってさらに楽しい街へと変化してきています。ヴォーリズのファサードは、まさにそうした都市の変化に、100年を経ても応え続けています。永山さんとヴォーリズの建築が気づかせてくれるのは、ファサードが持つ本質的な重要性です。それは、歩くことで見え方が変化し、人間に自らの位置を実感させながら、『どこへでも行ける』という自由の感覚を高めてくれるのです」

「そうですね」とうなずく永山さんは、さらに話を続けます。
「街ってリズムを持っているんですね。大きな街だったら、ひとつひとつが大きなリズムがあるし、縦格子の小さな町家が続く京都の花見小路のような街だったら、もう少し細やかなリズムがあって。自分が建てるものが街のリズムに合っているかは結構考えます。リズムをつくりだすのが装飾だったり変化だったりするので、歩いていて楽しいというのはいろんなリズムがそこに入っていて、建物だけじゃなくて人の佇む場所なども足されると、もっと協奏曲みたいに街が音を奏でていく。建築は最初のベースとしてどうあるべきか。今だったら装飾もそうなんですけど、ありかたが人の営みをマグネットするような役割を持っていたり。そうやっていろいろな要素を引きつけながら街のリズムをつくっていくのが、すごく魅力的なことだなと思っています」

イベントの最後に質疑応答があり、「歴史的な建築物を残すために、私たちができることはなんですか?」という質問に、2人が答えてくれました。
「最近は、この建物を残したいという署名がすごくあるんですね。壊すべきではないと思うものには声を上げてくれれば残るかもしれない。文化財の規定の仕方もこれからどんどん変わってくると思うんですよね。建築史的に貴重というよりも、 “愛され度”みたいなバロメーターが出てくると思います。私がやった『カヤバ珈琲』みたいに、この街にはこれが必要だと愛されていた事実が唯一測れるのは声だと思うんですよね。だからそこに参加してもらうのはすごく意味があると思います」という永山さんに、倉方さんは、「そのためにも、自分たちの街にある建築を、もっと多くの人に知ってもらうことが大切ですよね。大阪では、貴重な建築を自由に見学できるイベント『イケフェス大阪』が人気を集めていますし、東京でも昨年初めて『東京建築祭』を開催して、大盛況でした。堅苦しいことよりも、まずは“楽しい”という気持ちがいちばん大事。みんながもっと楽しみながら建築を好きになってくれたら、ちょっと大袈裟かもしれませんが、いつかは国を動かすような力になるかもしれません」
永山祐子
1975年東京都生まれ。昭和女子大学生活美学科卒業後、青木淳建築計画事務所入社。2002年に独立し、永山祐子建築設計設立。2023年よりグッドデザイン賞 審査副委員長。主な仕事に「LOUIS VUITTON 大丸京都店」、「女神の森セントラルガーデン」、「ドバイ国際博覧会日本館」、「東急歌舞伎町タワー」など。2025年大阪・関西万博では、「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」と「パナソニックグループパビリオン『ノモの国』」を設計した。現在、東京駅前常盤橋プロジェクト「TOKYO TORCH Torch Tower」などの計画が進行中。
倉方俊輔
1971年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、同大学院修了。大阪市立大学准教授などを経て、2023年から大阪公立大学大学院工学科教授。日本近現代の研究と並行して、日本最大級の建築イベント「東京建築祭」の実行委員長、「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員を務めるなど、建築の価値を社会に広く伝える活動を行っている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』、『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』、「東京モダン建築さんぽ」など。
※今回掲載の内容は2025年6月10日現在の情報を掲載しています。
写真/竹田俊吾 取材・文・編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 編集・プロデュース/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
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